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ラブストーリー

LOTUS 〜Memories〜

   

「いま、あの子を譲ってもらえないかな、なんて思ったでしょ」
「えっ、なんでわかったんだ?」
「お兄ちゃんの考えていることなんて、お見通しよ」

LOTUS』 ―稔×瑞穂―
≪光輝*高等部1年生*2月≫

Illustration:Dite

 

 小さい頃に夜店で見た、かわいいウサギのぬいぐるみ。
 あの子……やっぱり欲しかったな。

「みっちゃん、何番だった?」
 鷹と小菊模様の散らされた子供甚平を着た稔が、懸命にくじを開いている妹の手元を覗き込んだ。蝶と花とラメ入りのハート模様に彩られた、かわいいピンク色の浴衣を着た瑞穂は、出てきた数字を兄に告げた。
「ごじゅう、に、ばん」
「おじさん、52番!」
「はいよ、52番は特大スーパーボール! お嬢ちゃん、何色がいいかな?」
 兄妹仲良く手を繋いでやってきた、縁日の夜店。
 「あたりくじ」の店主はこわもてに似合わぬ愛想の良さで、瑞穂に色とりどりのスーパーボールの入った箱をすすめたが、瑞穂は浮かない顔だった。実は瑞穂は、店主の背後にある大棚に飾られた、かわいいウサギのぬいぐるみが欲しかったのである。
 全身が淡いピンク色の毛に包まれた、見るからにふわふわで抱き心地の良さそうな、大きなウサギのぬいぐるみ。つぶらな黒い瞳も赤いベストも、胸元を飾る金色の蝶ネクタイも、何もかもがかわいらしい。もう何年も「くじの景品」をやっているのだろう、夜店の裸電球の下、大人の目には服は色あせ、ピンク色の毛も埃を被って薄汚れているように見えるだろうが、瑞穂はいっぺんで気に入ってしまったのだった。
「おにいちゃん、みっちゃん、これいらない。あっちがいい」
「あっちって?」
「あれ。モモちゃん」
「モモちゃん?」
「あのうさぎさん」
 兄の甚平の袂をしっかりと握り締めて、瑞穂は店主の背後にある棚を指差した。まだ自分のものになってもいないのに、瑞穂はそのぬいぐるみを「モモちゃん」と呼んだ。瑞穂のなかでは、ひと目見た瞬間から「モモちゃん」だったのである。一方の稔は、棚の最上段に鎮座する大きなウサギのぬいぐるみを見て、「あれかぁ」とつぶやいた。
 両親の教育方針により、沢渡家にあるおもちゃは北欧製の木製玩具や知育玩具、絵本や子供図鑑ばかりで、そのほとんどが兄妹共有だった。どれも高価で上質で、環境にも人体にも優しい品ばかりなのだが、瑞穂としては「みんな」が持っている、普通のおもちゃのほうが魅力的だった。つまり、着せ替え人形やかわいいぬいぐるみ、音が鳴ったり光ったりするステッキなどの、キャラクター玩具が欲しかったのである。その気持ちは、似たような思いを味わっている稔にも、良くわかっていた。
「あのぬいぐるみ、5番かぁ」
 稔は、手のなかの硬貨を見つめた。
 母親からもらった「祭り小遣い」は、兄妹共に300円ずつ。夜店の「当たりくじ」は1回200円で、瑞穂の手元にはあと100円しかない。稔としては向かいにある「金魚すくい」の店に行きたかったのだが、金魚すくいは1回300円で、一度やってしまえばあとには1円も残らない。稔はしばし悩んだものの、金魚を諦め、妹の手に100円玉を1枚乗せた。
「おにいちゃん。これ、みっちゃんのじゃないよ。おにいちゃんの」
「いい。みっちゃんにやるから、兄ちゃんともう1回やってみよ! ふたりでやれば、あのウサギ、あたるかもしれないぞっ」
「うん!」
 瑞穂が嬉しそうにうなずき、兄妹揃ってくじ引きに再トライしたのだが――稔が当てたのは新幹線を模した消しゴム、瑞穂が当てたのはりんご模様の小さなポーチだった。
「残念だったねぇ、また来てね!」
 稔の優しい気持ちに打たれたのだろう、店主はがっかりしている稔と瑞穂に色違いのラメ入り特大スーパーボールを持たせた。瑞穂はどうしてもウサギのぬいぐるみが欲しかったのだが、もうくじを引けないことは理解していた。その証拠に、小さなくちびるをきゅっと引き結んで、兄の手とミニポーチを握り締めていた。

 

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