幻創文芸文庫 (β)

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SF・ファンタジー・ホラー

我が主君!!【11】

   

※作品中にガールズラブ的展開があります※

寿永2年2月。出陣を前に、長峰三郎二郎は衣七郎のもとを訪ねた。衣七郎は三郎二郎の身を案じて苛立つままに言葉を綴る。

「わたしに生きろと言うなら、そなたはわたしが死ぬまでそばにいよ!」
「必ずや、あなたさまのおそばに戻ります」

そして翌朝、三郎二郎は長峰の地を発って…。

 

 寿永二年如月――。

 武蔵国長峰の地は、ここ数日、緊張感に包まれていた。
 下野国の豪族であり、今は頼朝配下である小山氏からの早馬が、長峰の地へ駆け入ってきた、そのあとから、人々の動きが活発になった。
 きのうは、先発の武者や郎党たちが、武具甲冑を携え、長峰太郎次郎に率いられて郷(サト)を出ていった。
 きょうは、きのうまでに比べて静かになった郷で、あすの後発部隊に加わる男たちがせわしなく動き回っている。
 弓の手入れ、矢の準備。
 差し替えの太刀や、履き替えの足袋の支度。
 それぞれの屋敷で、板敷に広げられた甲冑、鎧直垂。
 馬の健康状態を確認し、毛並みを整え、たらふく飼葉(カイバ)を与える。

 夕刻前。
 衣伏山の館を、長峰三郎二郎が、供の下人一人(イチニン)のみを連れて訪れた。
 出陣前の正式なあいさつは、すでにおとといの午後に小太郎らと四人、打ち揃ってやってきて、済ませている。本日の三郎二郎の来訪は、己の出発をいよいよあすに控えての、私的なものだ。
 訪問を予測していた衣七郎は、半ば苛立つような思いを抱き、人払いした奥のひと間にて彼を迎えた。
 衣七郎が苛立っているのは、三郎二郎に対してではない。
 もっと大きく曖昧なものに対してだ。
 あるいは、自分の無力さに対して。
「御曹司」
 常と変わらぬ穏やかな微笑を浮かべて、三郎二郎は部屋に入ってきて、衣七郎の前に腰を下ろした。
 だが、衣七郎のほうは表情を硬くし、だれより信頼する乳母子と視線を合わせても、その面(オモテ)に笑みのひと刷毛も掃くことができなかった。
 それを見た三郎二郎は、わずかに苦笑して、ことさらに何事もないような声音で「いかがなされました、そのようなむつかしいお顔で」と言った。
「あいにくと、いくさの前ににこにこしていられるほど、わたしは肝が据わっていない」
 顎を引き、不機嫌を隠しもせずに衣七郎が答えると、三郎二郎はようやく作りものの笑みを退けた。
「――御曹司」
「その呼び名はやめよ。わたしには血筋以外、なんの取り柄も力もない。いくさの場に連れていってさえもらえぬ足手まといのお荷物だ」
 吐き捨てるように言った。言い終えぬうちに三郎二郎が「衣七郎さま!」と、咎めるがごとき強い口調で遮った。
「このようなことをわたしの口から申し上げたくはございませんが……、ご自身もとうからご承知のとおり、あなたさまは源氏の嫡流、故下野守さまの忘れ形見なれば、あなたさまのお心にかかわらず、御身は人々の思惑に絡め取られる定めにございます」
「……」
「だからこそ――」
 三郎二郎はハタと両手を床につき、頭を下げた。
「だからこそ、衣七郎さまにはお心を大事にしていただきたいのです。決して定めにのみ込まれることなく、生きていただきたいのです――」

 

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