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ラブストーリー

恋の小箱 B

   

*一話ずつのオムニバスになります。

ACT.1:地位も名誉も金も掴んだのに、たった一つ掴めない物がこの世にあった…。

ACT.2:グループ交際に嫌気がさしているのだが、そこから抜け出そうとしているのに抜け出せない…。

ACT.3:ひと夏の恋に落ちたとしても、本当に相手を頼りにして甘えて愛せるわけじゃない。淋しいと独り言を呟くが…。

・前サイト掲載:お題集物になります。

 

ACT.1

 今更気付いた。気付いた事に戸惑いだけが俺の中に残った。気付かなければ良かったと思う気持ちもある。
 どうして俺は、コイツを欲しがってしまったんだろう。
 掴める事は、一生かかっても無いというのに……。

 地位、金、女。物、家、全て自分の思うままに手に入れたと思っていた。そう、俺以上に幸せなヤツはいない。
 欲にまみれた人間達が、あわよくばと俺に近づくのも慣れた。利用出来る者は利用するが、使い道のない人間は切り捨てる。それがこの地位に立つ人間。
 金や物、形ある物を目に映して安心する。
 それが、あの女によって一瞬で崩されてしまった。
 一つだけ手に入らなかった。
「社長、明日のイギリス支社への訪問ですが……」
 ノックがされて、ドアの向こうから秘書の勝山が声を掛ける。最近はこの一分一秒も狂いが許されないスケジュールにも嫌気が差してきていた。それもこれもみな、あの女の所為。

『心を持ってないでしょう?』

「悪いが……予定を少しずらしてくれないか?」
 社長室のドアを開け、其処に姿勢を正して待っていた勝山に、そう呟いた。すると思っていた通り、何がどうしたとでも言いたそうな驚いた顔を向けてくる。
「行かない訳じゃない、ただ少し余裕を持って日程を組んでくれ」
「は、はい……。それでは先方と打ち合わせをしてまいります」
 頭を下げた勝山を見送ってからドアを閉め、ドアに凭れた。
「どうしちまったんだ……俺は……」
 額に手を置き、込み上げた笑いを小さく吐き出した。

 全て手に入れたら、最高に幸せになると思っていた。
 なのに、全てを手に入れても本当に幸せにはなれなかった。幸せなのだと思い込ませている自分が滑稽過ぎて笑えもしない。そして気が付けば、一つだけまだ手に入れていないモノがある。それがあの女だ。我ながら馬鹿げてると思う。あの女は親父の愛人だ。
 それを分かってて口説いたのは俺だ。愛人なんて馬鹿げた立場で一生いたい訳がないと高をくくっていた。だから直ぐに手に入ると思った。
 確かに俺が思っていた事は当たっていたが、あの女、美佐子は、俺の許に行くくらいなら、愛人として暮らしていた方がマシだと言った。
 その理由が、俺には心が無いから、そう微笑んで。

 美佐子に言われた事は、俺の全てに疑問を投げかけた。俺のしている事は、全てそうなのかと。だが、考えるまでもなく、何においても俺が人間として心を配った物等何もない。全ては地位、金の為。会社の業績を上げるのも、社長としての地位を不動の物にする為であり、イコール金の為。
 付き合いも全ては其処に結びつく。女は欲の満たしでしかない。欲しいと思った女に思う事は、セックスが上手いか下手か、それだけだ。
 それなのに、美佐子に思った事はそうではなかった。欲しいと思った裏は、俺を見ない事への嫉妬。俺ではなく、親父を見ている事への苛立ちだった。

 親父の愛人は4人いる。その中でも、美佐子は俺の何かを惹きつけた。
 親父は愛人を囲うのが趣味だ。だから、住む場所も金も与えてやる。親父に気に入られた女達は、いい気なもんだ。甘えた女を演じれば、それが与え続けられるのだから。
 俺は会社を出て一軒のアパートの前に佇む。築年数も経っている古いアパート。
 二階へと上がり、一つのドアの前でしばらく立ち尽くした。ほんの一瞬、何をしているんだと、違う自分が嘲笑う。
 しばらくチャイムを鳴らさず其処に立っていると、階段を誰かが上がって来た。
 不意にそちらに視線を投げると、上がって来たのはこの部屋の住人。
「……どうしたの……?」
 手に提げているスーパーの袋からネギが飛び出ている。普通の主婦が買い物をしてきた、そんな姿。
 だから俺は欲しくなったんだ。
「会いたくなった。理由がそれじゃダメか?」
「……疲れてる?」
 薄く微笑んだ美佐子。そう、この部屋は美佐子の部屋。
 会長の愛人をしている女の姿ではない。本当にただの庶民だ。親父から金や部屋を貰っているはずなのに、美佐子は此処で暮らしている。
「何か変わった気がするけど……、気のせいかな……」
 鍵を開けてドアを開いた美佐子は、俺が入るのを待ってくれていた。
 素直に上がりこみ床に腰を下ろすと、美佐子は買ってきた物を冷蔵庫に仕舞い、コーヒーを淹れ始めた。
「最近、親父と会ってるのか?」
 そう聞くと、美佐子は肩越しに振り向いて笑った。
「知らなかったの? もう会ってないのよ」
「何故」
「何故……かな。会っても嬉しくなくなっちゃったから」
 顔を戻して俯き加減に落ちていくコーヒーを眺めている。少しだけ見えるその顔は、別段悲しんでいるようには見えなかった。
「……そうだろうな。お前なら、金の為とかで一緒に居ようなんて考えはしない気がする」
 言葉にしてみて、本当にそう思う。
 他の奴等は、例え親父に気持ちが無くとも、金だけでいい顔しそうな女ばかりだ。
 美佐子は、やっぱり違ったらしい。

 

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