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歴史・時代

東京探偵小町 第十五話「青い小鳥」 <1>

   

「おいおい、大将。猫の次は鳥かよ」
「だって、あの小鳥ちゃん、どう見たって様子が変よ。ほら見て、あんなに小さくなって震えてる」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 最愛の父の死に遭い、その遺業を引き継ぐために上海から単身帰国した時枝にとって、大正十一年はまさに「多事多難」だった。悲しみにくじけそうになったことも一度や二度ではないが、それでも新しい出会いに支えられてどうにか無事に年を越し、時枝は松浦男爵夫人から贈られた美しい晴れ着をまとって、久々の日本の正月を満喫した。
 元旦には松浦邸のみならず道源寺や柏田のもとにも新年の挨拶に行き、特に道源寺からは、多すぎるほどのお年玉をもらっている。その額に倫太郎も和豪も驚いたものの、女学院の成績表が甲と乙で固められていたのだから、お年玉に褒美を加えての額だったのだろう。
 そうして瞬く間に一月が過ぎ去るなか、去年の十一月にそれと約束した通り、時枝は「次はみんなで中国式のお正月をするのよ」と張り切っていた。みどりはもちろん、蒼馬やサタジット、できれば道源寺や柏田も招いての、賑やかな会になる予定だった。
「おい、大将。ンなにはしゃいで、すッ転んじまっても知らねェぞ!」
「だって、嬉しくて! 倫ちゃんもわごちゃんもいつも忙しいから、三人でこんな遠出ができるなんて、思わなかったんだもの」
 今日は登校時のような格好をした時枝が、松と菊とを染め抜いた藤色の羽織を洋套のように翻して、二人のもとに駆け戻ってくる。そうして和豪の右横からくるりと背後に回り込むと、二青年の腕を片方ずつ取って、その間から顔を出した。
「ね、せっかくのいいお天気なんだもの。あとで大桟橋のほうにも回ってみましょ。海を見るの、久しぶりだわ」
「ええ、いいですよ。そういえば、大桟橋の近くに、先生のお気に入りだった珈琲館があるんです。そこにも寄ってみましょうか」
「ほんと? じゃあ、お買い物を急がなくっちゃ。ほら、二人とも早く早く!」
 二人の間をすり抜けた時枝が、軽い足取りで先を急ぐ。倫太郎と和豪は目を見合わせてかすかな苦笑を浮かべると、歩く速度を少しだけ速めた。
「やっぱり、思い切って出掛けてみて良かったですね。横濱なんて、一昨年の夏以来ですよ」
 山下町に向かいながら、倫太郎が懐かしそうに目を細める。通称「一高マント」とも呼ばれる洋套を羽織った和豪も、下駄を鳴らしながらうなずいた。
 春節――いわゆる旧正月を半月後に控えた、二月最初の休日。
 九段坂探偵事務所の三人は、買い出しを兼ねて横濱山下町にある南京街を訪れていた。時枝が「できるだけきちんとお祝いをしたいから、南京街に買い物に行きたいの」とねだり、日を追うごとに「連れて行って」とせがむ声が大きくなって、二青年がついに折れたという格好である。
 とは言え、倫太郎ものほうもサクラ書房からの原稿料が無事に入れば、時枝の願いをかなえてやるつもりだった。「火の車」とは言わないまでも、九段坂探偵事務所の家計は、さほど楽なものではない。しかも今冬は和豪の見立てで時枝に羽織をあつらえてやったりしたため、三人分の汽車賃を捻出するのが、少々「いたごと」だったのである。
「おめェの稿料、余計に出たおかげだな」
「新創刊でしたから、その御祝儀も入っていたんでしょうね」
「で、塩梅はどうなんでェ」
「少年誌は群雄割拠の体ですけど、滑り出しは順調のようですよ。紫月くんの挿絵が効いているのか、『少女文芸』から流れてきた読者さんもいるらしいですし」

 

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