幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第十五話「青い小鳥」 <2>

   

「そうね、ピイちゃん、なんてどうかしらん」
「何それ! ほかにないの?」
「だって、思いつかないんだもの」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 時枝と倫太郎の期待によく応え、和豪は異国から遠路はるばる運ばれてきた青い小鳥とシャム製の鳥籠を、合わせて三円八十銭にまで負けさせた。
 鳥籠がちょうど三円、小鳥は寒さでだいぶ弱っているのと、売りだという鳴き声を聞かせなかったのを理由に、なんと八十銭にまで値切っている。家計を預かっているのは倫太郎だが、普段の買い物を任せれているのは和豪とあって、交渉はみごとなものだった。しかも高い買い物の「おまけ」として竹籠まで分捕ったのだから、大したものである。
 とは言え、実は店主のほうとて、この小鳥をタダで手に入れたのだから八十銭の値がついただけでも大儲けである。店の帳場に迷い込んできた小鳥を捕まえ、鳴き声など聞いたこともないのに、容姿と声の良さを売りにしていたのである。店先に放置しておいたのも、竹籠に慣れた小鳥が美しい鳴き声を聞かせ、それが通行人の耳に入ればと思ってのことなのだった。
「さあ、もう大丈夫よ、小鳥ちゃん。今日から仲良くしてね」
 時枝は竹籠に倫太郎のマフラーをふわりと巻いて風除けにしてやると、喜色満面で雑貨屋をあとにした。倫太郎のマフラーは暮れに開かれた女学院の慈善市で買ったもので、厚く暖かい毛糸の手編みである。
 だが、小鳥は動く気力もないほど弱っているのか、それともようやく安心してひと息ついているのか、横濱からの帰り道で汽車に揺られても、少しも騒がずに大人しくしていた。
「そうだわ」
 この通りを渡れば、そろそろ自分たちの暮らす「青い屋根に白い壁の洋館」が見えてこようかという頃。小鳥の竹籠を胸に抱き、停車場からここまで慎重に歩いてきた時枝が、ふと思いついたようにつぶやいて、シャム渡りの鳥籠を担ぐ和豪を見上げた。
「わごちゃん、足りなかった分のお金、おうちに着いたら払うわね」
「ンな小銭のことよりか、あンの猫野郎を金輪際二階へ上げねェのと、鳥はしばらく籠から出さねェのを約束しろィ」
「そうですね、あの銀猫だけは気をつけて」
 春聯の紙袋と、途中の米穀店で買い求めた少量の雑穀の入った紙袋を手にした倫太郎が、いまは小鳥のことで頭がいっぱいの時枝に注意を促す。時枝は神妙にうなずいてみせ、竹籠のなかで妙に大人しくしている小鳥を、マフラーの隙間からそっと覗いてみた。
 こうして改めて見てみると、道端で見かける雀よりもなお小さい、時枝の片手にすっぽりと納まってしまいそうなほどの小鳥だった。港から港へと連れ回されるあいだに体力を落としてしまったのか、寒風が当たらなくなっても、やはり羽を膨らませてじっとしている。倫太郎が試みに籠のなかに雑穀を撒いてみたのだが、興味を示した様子はなかった。
「この子、元気になったら懐いてくれるかしらん」
「縁あってお嬢さんのところに来た小鳥です、きっと良く慣れると思いますが……文鳥のように、手乗りになると良いですね」
「手乗り? そうなったら嬉しいわ!」
 この美しい小鳥が手乗りになったらどんなに楽しいだろうかと、時枝が目を輝かせる。傍若無人な銀猫には迷惑顔の倫太郎と和豪も、この小鳥には、好意的であるように見えるのも嬉しかった。
「たかが鳥の一羽二羽、餌で釣ってやりゃア一発だろ」
「そうね、落ち着いたら餌をあげてみるわ」
「ともかく、数日はその籠に入れたまま、静かなところに置いておきましょう。本当に南国生まれだったら日本の寒さが辛いでしょうから、そのマフラーは外さずに」
「わかったわ!」

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第十五話「青い小鳥」<全4話> 第1話第2話第3話第4話