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歴史・時代

東京探偵小町 第十五話「青い小鳥」 <4>

   

 青藍は果てなく続く星空を見つめ、そのひとつに、どうか届きますようにと願いながら呼び掛けた。
「ごしんぱい、あそばしますな。このせいらんが、かならず、おまもりいたします」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 誰もが、自分の顔を見るたびに「セイラン」と言う。
 微笑みながら、あるいは、困ったような顔をしながら。心配そうに呼びかけてくるときもあれば、自分が歌うのに合わせて口笛なるものを吹いたり、楽器というものを弾いたりすることもある。
「セイラン」
 繰り返される響きの良い言葉が、まさに自分自身を指しているのだと知ったとき――青藍の小さな心に「目覚め」が訪れた。時枝との出会いがただの偶然ではなかったこと、自分が時枝のもとに遣わされた理由を思い出すや、青藍は、その名の源にもなった青い翼を震わせた。
「あら、いっけない、もうこんな時間! セイラン、また明日ね。また明日、一緒に遊びましょ」
 指先に乗せた青い小鳥に言い聞かせてやりながら、時枝が窓辺に吊るしたシャム渡りの鳥籠に向かう。明暗や寒暖はカーテンで調整するとして、なるべく明るい場所が良いだろうと、時枝が和豪に頼んで、天井から鳥籠を吊るしてもらったのである。
 露台に面した窓辺の、時枝の目線よりわずかに低い位置に吊るされた鳥籠は、それだけで飾り物のように美しい。広さ高さも十分で、青藍も気に入ったのだろう、時枝に促されれば素直に自分の居室である籠に戻る。だが、今夜はなぜか、時枝の言うことを聞こうとはしなかった。
「セイラン? ほら、もう十一時よ。籠に戻って、そろそろお休みしなくっちゃ」
 普段は青藍と遊ぶのは夕食の時間までで、夕食後に鳥籠から出すことはない。だが、今夜は宿題もなく、「日記の書きっこ」の番でもなくて、入浴を済ませた途端になんとなく手持ち無沙汰になってしまった時枝は、浅い眠りを繰り返していた青藍を、つい鳥籠から出してしまったのである。
 そうして肩に止まらせたり、囀りを聞いたりして、二十分ほど楽しく遊んでいただろうか。壁掛け時計に目をやった時枝が、慌てて寝かし付けようと鳥籠に近づいたところで、青藍が急に時枝の指先から飛び立った。
「ね、あたしも寝るから、セイランも良い子でお休みしましょ。夜更かししていると、明日の朝、起きられなくなっちゃうわ」
 上海の弟妹たちにも、かつて同じように言ってやったことを思い出しながら、時枝が再度、青藍を指先に乗せる。だが、青藍はまたもや時枝から逃げ出し、机の端に止まった。時枝は急いで机に歩み寄り、青藍に手を伸ばしたが、時枝が追いかければ青藍は逃げるの繰り返しで、一向に手に負えなかった。
「困ったわ……どうしちゃったのかしらん」
 書棚の最上段に行ってしまった青藍を見上げて、時枝はため息をついた。倫太郎や和豪に助太刀を頼みたいのだが、二人から「構いすぎは良くない」と言われている時枝である。こんな遅い時間まで青藍と遊んでいたと知れたら、また和豪から叱られてしまうに違いない。それを思うと、「セイランが」と泣きつくのも、少々具合が悪いのだった。
「このまま少し放っておいて……セイランが落ち着くのを待つしかないわよね」
 できるだけ気にしない風を装うべく、時枝は机の引き出しを開け、これまでに届いた上海からの手紙の束を取り出した。足元の行火で暖をとりつつ、遊び疲れた青藍が自分のそばに飛んでくるのを待つものの、青藍もまた、書棚の最上段でじっとしている。仕方なく、時枝はこれまでの手紙を読み返しはじめた。
 去年は辛いことも多かったが、年明けからは楽しいことや嬉しいことが続いている。こうしてやがて春になれば、帰国して満一年。会えない寂しさを訴えてきている弟妹たちにも、この楽しい日々を分けてやりたいと思う時枝だった。
「多門や雪ちゃんにも、日本を見せてあげたいわ。倫ちゃんやわごちゃん、みどりさんにも会わせてあげたい」

 

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