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歴史・時代

東京探偵小町 第十六話「母の手紙」 <1>

   

「わたしはね、ニュアージュ」
「はい」
「どうしても、あの花が欲しいのだよ。鈍色に閉ざされたわたしの世界に彩りを添える、あの花――あの赤い宝石が」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 自身が提案した「春節の新年会」を翌日に控え、その土曜日、時枝は朝から気忙しかった。時枝たちの予想通り、最初はにべもなく断っていた蒼馬が、みどりや倫太郎たちの熱心な誘いに応じてようやく重い腰を上げたため、「蒼馬くんのためにも」と張り切っていたのである。
「時枝さま、わたくしは何をお手伝い致しましょう」
「みどりさんには、玄関と応接室の飾り付けを手伝ってほしいの。それから……ごま団子のほかにも何か甘いお菓子を作りたいから、できればそれも」
「ええ、わかりましたわ」
「ありがとう、助かっちゃうわ」
 笑顔と共に礼を述べ、時枝は教本と帳面を入れた風呂敷包みを手に、明日の楽しい計画に胸を弾ませた。
「さあて、ふたつめのお菓子は何を作ろうかしらん。倫ちゃんから餅米を買ってきてもらって、八宝飯にしようかしらん」
「まあ、どんなものですの?」
「日本のお菓子で言ったら……そうね、秋にみどりさんがごちそうしてくれた、おはぎに近いかしらん。おはぎの中身と外側をね、反対にしたようなお菓子なの。でも、蒼馬くんとリヒトくんに出すなら、お鍋いっぱいの、こーんな大きな蒸しパンもいいわね」
 菓子とは言え、食の細い蒼馬を気遣って、時枝があれこれと思案する。そんな時枝を見て、みどりがそっと微笑んだ。
 サタジットの「タジさんがオムカエにいきますから」という提案に乗ったというかたちだが、蒼馬が翻意したのは、リヒトが来ると聞かされたことも大きかったに違いない。普段接する相手と言えば、ばあや代わりのトミや出版社の編集担当、画商、仏語学校の教師といった大人ばかりで、蒼馬は内心、同じ年頃の同性と話す機会を欲していた。九段坂探偵事務所に遊びに来ても、歳が近いのは時枝とみどりの二少女だけで、同性はやはり年長者しかいないのである。
 ならば少しは学校に顔を出せば良いのだが、仕事ばかりを優先し、せっかく入った青慧中学校には数えるほどしか行っていない。退学こそしていないものの、もはや担任からも級友たちからも、蒼馬はいないものとして扱われているのだった。
「そうだわ、みどりさん。明日――あら?」
「時枝さま?」
「ね、見て、みどりさん。あそこに、外国人の男の子がいるわ」
 時枝が控え目に指し示す方向、聖園女学院の門前から少しばかり離れた大きな欅の下に、まばゆいほどの美しい銀髪を持つ、ひとりの少年が立っていた。肩にかかるほどの銀髪にスラリとした細身の体はどこかしら少女めいて見えるが、身にまとう仕立ての良い外套は、どうやら少年用のものであるらしい。歳の頃は時枝たちと同じくらいだろうか、冬枯れの樹の下にたたずみ、誰かを待っているような風情だった。
「きれいな髪ね。なんだか、おとぎ話の妖精さんみたい」
「本当に」
 まるで蒼馬が描く挿し絵のなかの人物のようで、時枝もみどりも、しばし目を奪われる。それに気づいたのか、ふと少年が視線を巡らせ、やがて時枝たちを見つけて軽く会釈をした。慌てて時枝たちも挨拶を返すと、少年は軽い足取りで二少女に歩み寄ってきた。
「こんにちは。聖園女学院の生徒さんですか?」
「そうです。何か御用なら、あたし、お取り次ぎしましょうか」
「いえ、僕は御主人さまのお出迎えに……御命令もなく勝手に来てしまいましたので、お仕事が終わるのを待っているところなんです」
「御主人さま?」
 時枝とみどりが声を合わせて問い返すと、銀髪の少年はニコリと笑ってうなずいた。
「はい。御挨拶が遅れました、僕は御祇島家の使用人で――――」
 少年はそこでいったん言葉を切り、翡翠かエメラルドを思わせる緑色の瞳を時枝に向けた。
「ニュアージュと申します。我が主人・時雨さまの、身のまわりのお世話を申し付かっております」
「じゃあ、御祇島先生が下さったお洋服って、もしかして」
「ああ、やはりあなたでしたか! 僕もさっきから、そうではないかと思っていたのですが……ご主人さまがお預かりしているという四年級西組の、永原時枝さまと松浦みどりさまですね。お話はかねがね」

 

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