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歴史・時代

あいさ、金太郎!【中編】

   

 今宵、燦々たる月の夜に、捧ぐはあしがら山の物語。
 赤い前掛けをした黒髪はおかっぱの、有名たる金太郎のお話に御座います。
 おなごが語る、約定。
 金太郎の前に立ち塞がる何か。平穏たる日常とは違う、彼らの夜の物語がここに在る。
 中編。どうぞご堪能くださいませ。

 

「お力を……お貸し下さい。お願いします!」
 ガマ蛙と兎に傷口に薬を塗られながら、おなごが頭を下げた。長い黒髪がふさりと垂れて、白装束に掛かる。肌蹴た胸元は眩い程に白く、金太郎の目線がそっぽを向いた。
 伊織が何かに襲われ、救った後。
 黒熊、銀狼とのひと悶着を終えた後の話である。
 皆に助けられた伊織が落ち着きを取り戻して幾分かは時が過ぎていた。兎に当てられた水濡れの麻布を使い、伊織自身の体躯を拭い終えている。
「ええと、おなご、お主は……」
「わたしは伊織と、申します」
 銀狼は身を縮めて寝入り、他の者は金太郎とおなご、伊織を囲んでいた。ぱちぱちと火が熾り、周囲に明るい光が満ちていた。
「さて、いきなりだのう」
 抱き着かんばかりに勢い立つ伊織の懇願に、少し戸惑った様子の金太郎が呻く。首筋を掻き、黒熊を見る。しかし黒熊は見返さず、欠伸した。
「お願いします!」
 細っこい伊織が懇願し、肉厚な金太郎の腕に抱きついてくる。抱きつかれた金太郎が眉を潜める。周囲の皆の口元はにやにやであった。何せあの金太郎がうろたえているのだ。他ならあの金太郎が、おなごの前で困る姿は、なかなかに愉快であった。
 しかし一匹。
 そいつは顔を歪めなかった。
 黙ったまま、伊織を見つめ、
「金から、離れろ」
 と重く告げた。他でもない、黒熊である。
 険の強い黒熊の物言いに、伊織が怯え、金太郎を盾にする。その行動に、黒熊の苛立ちが募る。
「おい、金。お前もそいつから離れろ」
 山の重鎮である黒熊が、伊織に対し唸り声を上げる。黒熊は銀狼のように荒々しくはないが、静かに、金太郎の傍に寄る。目は伊織を捉えている。
「なんじゃい、何を怒って……」
「こいつ、人間じゃないからな」
 金太郎の言葉を遮り、黒熊が静かに言葉を告げた。寝ていた銀狼が顔を上げ、しかし今更とばかりに顔を下ろし戻す。
「え、人間じゃない?」
「何だよ、人間の格好してるじゃないか」
「いや、だから偽ってるんだって」
「えー、嘘?」
 しかし周囲が騒ぐ。伊織が下唇を噛み締め、目を伏せる。やましい雰囲気が周囲に届き、しかし金太郎の笑みに淀みは生まれなかった。
 黒熊の足が地面を踏み締める。
「聞いてるのかよ、金」
「人間じゃないのなら、問題なかろ?」
 黒熊の忠告に、しかし金太郎から返った言葉は軽かった。
 一瞬の沈黙。しばらくして、周囲に失笑が漏れる。
 数年前の話。
 黒熊が初めて、金太郎と出会った際に零した言葉を周りは知っていた。「人間は我らの敵だ」と、森の主たる黒熊は言った。過去の黒熊の台詞が、現在の黒熊の顔を濁らせる。
「む、すまん」
 黒熊が頭を下げ、狼の横に座る。「それ見た事か」「ふん」なんて会話が交わされる。
 金太郎の前に正座する伊織が、少し躊躇い、
「私は、天狗です」
 と明かした。銀狼、黒熊とも動じない。金太郎の眼光が鈍く光る。
「っええ!?」
「おおっ、天狗様か!」
「……ほう」
 兎が飛びはね、亀が首を延ばす。
 感嘆の声を漏らした金太郎が、顎先を撫で見据え笑む。
「こないな可愛い天狗のおなごが、あしがら山におるとは思えぜ?」
「この山の天狗はみな、カラス上がりじゃもんな」
 狸が驚き、白狐が頷く。金太郎は後ろ首を掻き、周りのざわめきが和らぐのを待ち流す。このあしがら山には、確かに天狗は住んでいた。しかし頭は人の姿ではなく鴉である。この山に、人から成した天狗は居ない。
 しかし伊織本人は自分を天狗と名乗っていた。
 周囲の動物たちの目に、不安の色が浮く。余所者の天狗が居る。その者が追われていたという事実が、皆の顔を曇らせる。
 それを背に、金太郎は首を傾げて問い掛ける。
「ふぅむ。それでおまいさんは、こんなところで、何に追われておったんじゃ?」
「っ、そ、それは……」
 金太郎の問いに、伊織が言葉を濁す。おなごの天狗が、対峙する金太郎の視線を前に、顔を逸らす。伊織が俯き、金太郎の手を掴んでくる。咄嗟な行動に金太郎は逃げられず、力強い指が伊織の指に絡め取られる。
 金太郎の腕に、緊張が走る。
「な、なんじゃっ」
「お……鬼に身を追われております。どうか今しばらく、身を隠させて頂きとうございます。どうか、どうか」
 慌てふためく金太郎を見据え、伊織は不安を吐露するように懇願した。

 

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