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歴史・時代

東京探偵小町 第十六話「母の手紙」 <2>

   

時枝に「そばにいて欲しい」と思っているのは、倫太郎や和豪だけではない。上海の永原家も、長女の時枝を頼りにしているのだ。
(いつまで続くんでしょうね。こんな幸せな日々が)

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 時枝との出会いが自身にとって何かしらの「変化」のきっかけになったのは、倫太郎や和豪だけではなかった。みどりは時枝に触発されて少しずつ積極性を持ちはじめ、蒼馬もまた、顔を合わせればつい憎まれ口を叩いてしまうものの、時枝との出会いをきっかけに変わっている。
 正確に言えば、時枝とリヒトとの出会い、だろうか。
 蒼馬自身にその自覚はなくても、毎日の食膳をととのえるトミや、涌井から正式に主治医を引き継いだ尾崎などは、その変化に気づいていた。秋の気配が近づいた頃、暑さ負けから思わぬ短期入院をする羽目に陥ったのを機に、蒼馬は自分の体と真剣に向き合うようになったのである。
 学校で学ぶより、今は一枚でも多くの絵を描いていたい。
 力尽きるまで描いて、せめて「生きたあかし」を残したい。
 言葉にできぬ叫びを胸に画用紙に向かいながら、蒼馬は自身の体調管理にも注意を払いはじめた。これまで気が向かなければろくに箸も取らず、徹夜も厭わなかった蒼馬だが、良い絵を一枚でも多く描くためには何より健康でいなければならないのだと、秋口の入院を経て、ようやく自覚したのである。
 そんな心境の変化をさらに強くしたのは、作家でもある倫太郎との縁が出来てからだろう。倫太郎の書く冒険活劇小説に挿絵をつけ、少年雑誌で連載するという仕事が始まってからというものの、手紙好きな時枝が、毎回の挿絵に感想をくれるようになったのである。
 時枝のために描いているわけではないのだが、時枝からの手紙が励みのひとつになっているのは間違いなかった。いつかその礼を言いたいと思っているのだが、こうして時枝に会う機会が巡ってきても、何も言い出せない。そのかわり、時枝以外の面々には、蒼馬もだいぶ心を開くことができるようになっていた。
「紫月さま、たくさん召し上がって下さいましね」
 蒼馬が小鉢に供されたごま団子を素直に頬張ったのを見て、豊かな黒髪に白梅の小枝を飾ったみどりが優しく微笑む。つい先ほど、招待客が揃うまでは振袖姿ながらも前掛けをつけて手伝っていたのだが、「ここからはみどりさんもお客さまよ」と言われ、蒼馬の相手をしていたのだった。
「これ、誰が作ったの?」
「時枝さまですわ。時枝さまのいらした上海では、お正月になるとこのお団子を頂くのですって」
「ふうん」
 時枝から「ごまは体にいいんだから」と言われたせいだろう、蒼馬はもうひとつ口に運びながら、応接室に居並ぶ面々を眺めた。
 客として招かれているのは、みどりとサタジット、同じ中学校に籍を置くリヒト、そして見知らぬ銀髪の少年だった。和豪は台所でまだ時枝を手伝い、倫太郎とサタジットは初めて九段坂探偵事務所にやってきた二少年を気遣って、さっきからいろいろと話し掛けている。そんな光景を見て、蒼馬はなんとも言えない不思議な気分に捕らわれた。
「…………変なの」
「紫月さま? どうかなさいまして?」
「ううん、別に。たださ、ここにいるひと、半分が異国人だなって思って」
「そう言われてみれば、そうですわね」
 赤毛に青い目の少年、銀糸のような髪に緑眼をきらめかせる少年、そして日に焼けた色の肌を持つサタジット。よくよく考えてみれば、上海人の母親を持つ時枝もまた、異国の血をその身に宿している。蒼馬の感じた「不思議さ」を理解し、みどりは苦笑めいたものを浮かべた。
「きっと、皆さま、時枝さまのお友だちだからですわ。時枝さま御自身も、国を越えて行き来なさるかたですもの」
「そっか。あのひと、お母さんが中国人の歌手なんだっけ」
「ええ、そのようにおうかがいしておりますわ」
「みんな、すごいな。ふたつも言葉が話せるなんて」
 蒼馬の言葉にうなずいてみせながら、みどりは、やはり手の足りなくなった時枝の要請に応えて席を立った。

 

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