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歴史・時代

東京探偵小町 第十六話「母の手紙」 <3>

   

「セイラン。あたし、どうしたらいいのかしらん」
 時枝は机の引き出しを開けると、母からの手紙を取り出した。
「あたしね、母さまの心細い気持ちも良くわかるの。いくら男の子だって言っても、多門はまだ八つなんだものね」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 参加者全員が真剣勝負で臨んだトランプの五番勝負は、客人たちの持ち寄った手土産に手をつける暇がないほど白熱し、時枝も青藍の披露をすっかり忘れて夢中になった。元旦に遊んだ「百人一首」は、上海帰りの時枝にはなかなか難しく、馴染みのあるトランプのほうが楽しかったのだろう。
 和豪とサタジットも健闘したのだが、勝負はニュアージュの圧勝に終わった。トランプでは、和豪たちの得意とする将棋のようには行かなかったらしい。しかもサタジットは、最後の大一番が始まる直前に勤め先の上司から「こんなものが記事になるか」という叱責の電話をもらってしまい、勝負どころか、九段坂探偵事務所からの撤退を余儀なくされてしまったのだった。
「はい、ニュアージュくんが一等賞よ。おめでとう」
「ありがとうございます。賞品まで頂けるなんなんて、光栄です」
 満場の拍手のなかで時枝からニュアージュに贈られたのは、倫太郎が銀座の百貨店で買い求めて来た、美しい銀色のしおりだった。誰の手に渡っても良いようにと選んだのは、小さな花と唐草文様の透かし彫りが入った、英国製のしおりだった。
「これは美しい。ブリタニアメタルですね」
「ブリタニアメタル?」
「錫の一種です。銀のように美しく、かつ銀よりも扱いやすいので、欧州では食器や小物細工などに良く使われるんですよ」
 時枝の問いに笑顔で答えたものの、ニュアージュは「でも」と表情を曇らせた。
「学のない使用人に、こんな美しい素敵なしおりはもったいないというものです。男爵令嬢、こちらはあなたに」
 ニュアージュはひらりと身を翻してみどりの前にひざまづくと、その手に銀色のしおりを載せた。
「そんな、わたくしが頂いてしまっては」
「いえ、お差し支えなければ、是非、お手もとに。御主人さまからうかがいました。聖園女学院の男爵令嬢は、そのお名前と同じく緑を愛し、中庭の花壇を世話する心優しき乙女だと」
「それはあの、わたくし、美化委員ですから…………」
 頬を赤く染めたみどりが、助けを求めるように時枝を見る。時枝は「じゃあ、ありがたくもらっておきましょ」と、遠慮しているみどりを促した。時枝がそう言ってくれるのならと、みどりが包み直したしおりを帯の間に挟むのと同時に、玄関の呼び鈴が鳴った。
「あっ、きっと金子さんだ」
「というと、サクラ書房の?」
「はい」
 遊びに夢中になっていて気がつかなかったが、窓の外を見れば、はや暮れかかっている。慌てて部屋の中央にある柱時計に目をやると、あと数分で五時になるところだった。
「夕方、原稿を取りに来ることになっていたんです。今日の予定を話したら、『五時になったら九段坂まで迎えに行きますから、帰る道々で次の付録の相談をしましょう』って言われて」
 倫太郎が応対に出るなか、蒼馬が帰り支度をはじめる。
 やがて柱時計が午後五時を知らせたのを潮に、みどりやリヒト、ニュアージュたちも、コートや羽織を手に取りはじめた。
「みんな、もう帰っちゃうのね」
「だから、仕事があるんだってば。それに、もう五時だし」
「それもそうね。あっというまに夕方になっちゃった。お二階からセイランを連れてくるのも忘れていたわ」
「セイラン?」
 ニュアージュの問い掛けにうなずいて、時枝は小鳥を飼っていることを告げた。

 

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