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歴史・時代

あいさ、金太郎!【後編】

   

 今宵、燦々たる月の夜に、捧ぐはあしがら山の物語。
 赤い前掛けをした黒髪はおかっぱの、有名たる金太郎のお話に御座います。
 鬼が居る時代。天狗が飛ぶ時代。
 なれどそこに在る物語は、今と何も変わらない。そこに在る。それがすべての物語。
 あいさ、金太郎の後編と相成ります。
 どうぞご堪能くださいませ。

 

「金!」
「馬鹿金!」
 傷つく身体を抱え、黒熊が吠える。銀狼が叫び、しかし本調子でない二匹は上手く動けなかった。
 二匹に背を向け、金太郎が四股を踏む。
「鬼と約定を結ぶつもりか。それがどういうつもりか、分かっておるのか?」
「解らないと思うてもかまわんぜい?」
 鬼の問いに金太郎が頷いた。それに対しても、金太郎は否定をしない。
 金太郎は静かに手のひらをばんと眼前で叩き、尻を後ろに下げる。腰を落とし、視線を落とす。兎、亀により、周囲に円が出来上がっていく。
 金太郎が顔を上げた。鬼はまだ、棒立ちのままである。
「おぬしが負けたらどうする?」
「好きにするがいい。煮るなり焼くなり好きにしろ」
 金太郎の問いに、鬼が重苦しく頷いた。
「貴様が負けたら、頭から食ってやろう」
 そう、鬼が呟く。
 そしてそれを聞いて影が……伊織が木の幹から飛び出してくる。
「お、おやめ下さい、金太郎さま!」
 白装束に黒髪のおなご、伊織である。伊織は身軽な足並みで金太郎、鬼の前に立ち塞がる。両手を広げ、金太郎の前で身を晒す。あろうことか無防備にだ。
 彼女は強い目で、鬼に対峙した。
「ととさま!」
 そして彼女が一喝した。
「え?」
「ととさまって!?」
「鬼と天狗の子? って、親!?」
 途端に周りの動物達が驚きの声を上げる。当然の事のように、金太郎の目にも驚愕の色が浮く。しかし同時に、笑顔が浮いた。なるほど、と金太郎の頬に笑みが零れた。
「ごめんなさいっ、ととさま!」
「とと、さま?」
 伊織が叫ぶ。その言葉に、栗鼠や狐が驚きの声を上げる。金太郎が、笑う。
「ごめんなさい、ととさま! もう洞窟から逃げたりなんてしません! わたし、ただ外が見たくて、でも、だからっ! だから、やめてっ!」
 伊織が叫び、金太郎の前に出る。両手を広げ金太郎に背を向け立つ姿に、黒熊、銀狼が目を開いた。金太郎ですら、言葉を無くした。
 鬼の前に対峙した彼女の背から、ばさりと大きな真っ白い羽が溢れ出たからだ。白装束から零れた翼がばさりと羽ばたきを打つ。
「伊織、お主、羽が……」
「おやめ下さいっ! ととさま!」
 伊織が叫ぶ。金太郎や動物達が驚く中、何より驚いていたのは、他ならぬ鬼であった。彼女が前に出て来た事も、確かに驚愕の行為ではあった。
 しかし鬼が驚いたのは、伊織の背に天狗特有の羽が現れた事だった。その成りは、彼女が己を天狗としての力を付けたが故であり、つい今しがたまで、なかった羽であったからだ。
 彼女が何より天狗として受け入れられなかった、翅のない天狗というレッテル。それが今、覆されたからだ。
 鬼の口元に笑みが浮く。
「お主、羽が……」
「なんじゃ、おぬし、伊織の親かい」
 金太郎が呆れ、伊織を押し退けて前に出る。
「金太郎さま、お下がりに」
「ありがとう。後は大丈夫じゃから」
 と、伊織の肩に手を添えた。そっと彼女を後ろに下げる。
「何をそない、嬉しそうにしとるよ」
「だ、黙れ」
 金太郎の呟きに、鬼がうろたえる。それでも口元が緩んでいるのは、娘の身に起きた変化を、よしと思うが為であった。金太郎も、そんな鬼の変化に気付いた。
 鬼の目に、涙までが浮く。
「そうか。そうか、羽が生えた、か。ならばお主は、もう、わしの娘では、ない」
「と、ととさま?」
 鬼が目頭を指で擦り、断絶の言葉を吐く。その言葉に、何より伊織が驚きの声を上げる。何が何だか分からないのは伊織である。
 金太郎の喉から溜息が漏れる。鬼の肩がくっくと揺れる。
「鬼はほんに嘘つきじゃのう」
「何の事だかな」
 金太郎の冷やかな目を、鬼は苦笑いはぐらかす。その態度に、黒熊が失笑を漏らす。銀狼も、興味を無くしたように地に頭を伏せ、瞼を閉じている。
 周囲に漂う空気は、既に和らぎを見せていた。
「鬼と天狗の子か。そりゃあ確かに、禁忌じゃのう。仲間に見せとうないのう。食われて、しまうやもしれんしなぁ」
「何とでも言えばよい。ワシの望む形に、なったでな」
 金太郎の皮肉も、鬼の笑顔を崩せなかった。静かな山の中に、がははと大きな笑い声が響く。鬼が伊織の頭に手を置いた。わしゃわしゃと頭を掻きむしる。
「きゃっ、と、ととさま?」
「がっはっはっはっ!」
 鬼が笑う。高らかに笑い、それからそっと、其の手を伊織の身に寄せて、
「ワシの勝……」
「そんなわけがなかろう」
 鬼の手が空を切る。伊織の身体を掴むその寸前、伊織の手を掴んだ金太郎がすぐに身を寄せ、その手から逃れさせたのだ。伊織もまた、反射的に逃げようとしたせいだろう。
 伊織の身体が、不安定ながらに飛翔し、二人の身が鬼から遠退く。不安定な滑空に、しかし鬼の頬に笑みが浮く。
 閉じられた五指が、空気を掴んだ。

 

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