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歴史・時代

東京探偵小町 第十七話「燭火礼拝」 <4>

   

『愛し子よ、汝の望み、汝の問いは知っている。だが愛し子よ、美しき水の魔女らの養い子よ。汝の愛する乙女の名は、すでに地下の碑に刻まれてある』

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 『愛し子よ』
 たしかにニュアージュのものながら、わずかに違う声が御祇島に呼び掛ける。ニュアージュは御祇島の捧げる宝剣を手に取ると、紅に染まった刃にくちびるを押し当て、御祇島からの忠節の証を受け取った。途端に宝剣が霧のように消え失せ、それを合図に御祇島が円陣の内側に踏み込み、差し出された手に恭しく口付けた。
『汝の奏でる曲は夜更けの雨だれに似て、我が耳に快い』
『もったいない仰せ』
 そこにあるのはニュアージュの顔なのだとわかっていても、鐘の音のように響く声に圧倒されて、闇に溶ける足元を見つめることしかできない。するとニュアージュの手が御祇島の頬にふれ、そっと顔を上げさせた。
『愛し子よ、汝の望み、汝の問いは知っている。だが愛し子よ、美しき水の魔女らの養い子よ。汝の愛する乙女の名は、すでに地下の碑に刻まれてある』
『な……まさか!』
『愛し子よ、聞くが良い。汝が想いを掛けし彼の乙女は、人の世に生まれ出でる以前から、あの者に捧げられた贄である』
 主君の言う「あの者」が誰であるかを瞬時に察して、御祇島は顔色を失った。つまり時枝は、この世に生を受けるより先に何者かの望みの代償として差し出された、闇の祭壇の「供物」なのだという。それが事実だとすれば、あまりに皮肉で残酷な運命だった。
『愛し子よ、その身に人の血を宿す黄昏の子よ。あわれ汝の目には、あの者が彼の乙女の額に残した、緋の刻印が映らぬか。彼の乙女は、誰ぞがあの者に願い出し望みの身の代として、いずれあの者の前に引き出されるであろう』
 御祇島は、今やはっきりと人相の変わっているニュアージュを直視することができず、言葉もなくうなだれた。主君が「あの者」と呼ぶ相手――地下世界を主君と二分する「黒衣の大公」が、地下に沈められた供物の身をどれほど残酷に喰い破っていくか、風の噂に聞き知っていたからだった。
『…………公子さま。この地表より下にございますものは、藍白の骨のひとかけら、枯色の砂礫のひと粒に至りますまで、すべて万魔殿の玉座にまします公子さまの御支配にございます』
『愛し子よ、汝と汝らの難儀は知っている。あの者の屋敷から漏れ聞こえる、人の子の呻きと叫びを不快に思わぬわけでもない』
『では』
『だが愛し子よ、智恵ある子よ。臣下の財物を欲しいままにする、それを世に暴君という』
 ニュアージュの手が、慈母のそれのように、うつむく御祇島の頭に置かれる。この身であがなえるのなら、今この時からでも、時枝の身代わりになりたい。暗澹たる思いのなか、御祇島は無言のまま主君に訴えた。
『愛し子よ、汝の父母らが求めし薄絹は、もはやその力を失った。今こそ美しき水の魔女らの、七千の鱗に掛けし願いに応えん』
 育ての親たちの名を聞き、御祇島が目を見開く。
 ニュアージュはつと腕を上げると、漆黒のローブの袂をなびかせながら腕をひと振りし――やがてそこに、青白い光を放つ細身の剣が現れた。その刀身はひどく細く、剣というよりは、まるで巨大な錐のように見えた。
『愛し子よ、受け取るが良い。長の歳月を経て、今このときに仇としてまみえたならば、汝は汝のため、汝が想いし乙女のため、汝のすべてを懸けてあの者の配下と闘わねばならぬ。水の魔女らの望みし品が、夜霧を払う白虹のつるぎが、汝の力となるであろう』
『は…………』
 風のように軽い剣は、すぐに御祇島の手になじみ、やがて右の手のひらに溶け込むようにして消えた。御祇島は魔剣を収めた右手を、まだ少しばかり傷の痛みが残る胸に押し当て、自分のために滅多に見せぬ「本来の姿」に戻り、七千枚もの鱗を剥いでくれた育ての親たちに、言葉にならぬほどの感謝の念を捧げた。
『愛し子よ、彼の乙女は、あの者に捧げられた願いの身の代。彼の乙女の身が、あの者の手にあることは変えられぬ』
 部屋の四方で風が鳴る。
 主君の帰還の時が近いことを知って、御祇島はすがるように顔を上げた。
『だが、彼の乙女が今なお美しく人の世にある、それを不審に思わぬでもない。時機を待つと見るか、贄として取れぬと見るか』

 

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