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歴史・時代

東京探偵小町 第十八話「国色天香」 <2>

   

「逸見教授にもお力添えを頂けるのならば、僕もお嬢さんも大変心強いです」
「わたしにできることは幾らもないだろうが、何かあったら、遠慮なく言ってきたまえ」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 道源寺からの連絡が間に合わなかった時枝と倫太郎は、約束よりだいぶ早く聖園女学院に着いた。今日は日曜とあって、女学院前の小路に人通りはほとんどない。やや焦れた時枝が倫太郎に時間を尋ねると、倫太郎が懐中時計を取り出し、じきに一時五十分になると告げた。
「道源寺のおじさま、まだかしらん」
「そうですね、そろそろいらっしゃると思うのですが」
 道源寺も何かと忙しい身ではあるが、時枝の担任教師を待たせるのも申し訳ない。単に会うだけの約束なら多少の遅れは構わないのだが、時枝の進路相談を含めた面談だと思うと、倫太郎も時間を気にしないわけにはいかなかった。
「倫ちゃん、あたし、そこの停車場まで様子を見に行ってくるわ。ひょっしとしたら、電車が遅れているのかもしれないし」
 時枝の提案にうなずきかけた倫太郎だが、ふと視界の端に人影を認め、停車場とは反対側の通りのほうに顔を向ける。追って時枝もそちらに目をやり、黒にほど近い、消炭色の背広に身を包んだ長身の男がこちらにやって来るのに気づいた。
「倫ちゃん、あのひと……逸見先生じゃないかしらん」
「そのようですね」
 逸見も時枝たちに気付いたのだろう、歩調を早めてこちらへやってくる。こんなところで逸見に出会うとは思わず、時枝と倫太郎は顔を見合わせ、やがて軽く会釈をした。
「逸見先生、ごきげんよう」
「先日は、弟が世話になった」
「いえ、なんのお構いもできませんで」
「君の面談は二時からだったな。道源寺警部ほどの役には立てないだろうが、遅くなって済まなかった」
「えっ」
 時枝と倫太郎が、揃って驚きの声を上げる。
 逸見は黒縁の眼鏡を軽く掛け直すと、不思議そうな顔をしている時枝を見やり、道源寺から連絡を受けていないのかと尋ねた。
「いいえ、何も……あの、おじさまに何かあったんでしょうか」
「いや、今朝になって、どうしても抜けられない用が出来たそうだ。それでわたしが、名代を頼まれたのだが」
 聞けば昨日、リヒトの通う青慧中学でも、最上級への進級を前にした父兄面談があったのだという。その帰りに仕事絡みで警視庁に寄り、道源寺としばしの雑談をするなかで、昨今の帝都を悩ます失業問題からそれに伴う児童数の激減が話題に上り、やがて時枝の保護者面談にまで話が及んだらしい。
 元軍医の医学者として名を成す「逸見晃彦」にとって、今は亡き実弟の名を託した「リヒト輝彦」は、養子に近い義弟である。知り合いの独逸人医師の遺児を引き取ったため、血縁関係も姻戚関係もまったくないが、一高への進学率も高い青慧中学に入れるなど、傍から見ても教育に心を砕いていることが良くわかる。
 一方の道源寺にとっても、時枝は長らく懇意にしていた友人の遺児であり、法的な関係は何もない。だが、心中では実の姪のように可愛がり、後見人として何くれとなく世話を焼いている。互いに十六の若者を支援しているという意味で、二人は似たような立場にあるのだった。
「そうだったんですか。逸見教授にもお力添えを頂けるのならば、僕もお嬢さんも大変心強いです」
「わたしにできることは幾らもないだろうが、何かあったら、遠慮なく言ってきたまえ。もっとも君は」
 逸見はそこでいったん言葉を切り、やや緊張した面持ちの時枝に目をやった。
「道源寺警部が目を細めて自慢するほどの、優秀な女学生だ。学業と素行に関しては、何も問題はなかろう」

 

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