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歴史・時代

東京探偵小町 第十八話「国色天香」 <3>

   

「このまま黙ってこの国を去り、あの娘から大人しく手を引くならば――貴様をもう百年、見逃してやらぬでもない」
「見逃すなどと、またずいぶん偉そうな」

小説版『東京探偵小町
第五部 ―従僕編―

Illustration:Dite

 

 他者の血を糧とする、俗に「吸血鬼」と呼ばれる者たちを狩りはじめて、どれくらいになるだろう。数え切れないほどの吸血鬼を灰にしてきた逸見だが、いまだ殲滅にはほど遠く、逸見もまた、獲物の最後の一人までを狩り尽くそうとは思っていなかった。
 夜を体現したかのような美しさを誇る吸血鬼たちが、悲鳴を上げ、身もだえながら灰になり崩れていく――それを主君である「黒衣の大公」に見せることが自身の務めであり、それができなくなれば、あとに待つのは主君の無慈悲な言葉と消滅しかない。そんな果てのない日々のなかで、この世ならぬもの、にわかには信じがたいものを幾つも目にしてきた逸見ではあるが、時枝のように「主君の印がついたまま生き永らえている人間」を見たのは初めてだった。
(永原朱門の形見のせいか、今は何も映らぬようだが……この娘の額には、たしかに大公の刻印が焼き付けられていた)
 所有印があるにも関わらず捨て置いてあるとは思えず、また、手折るならば咲き切った花より美しく花開くはずの蕾のほうが面白かろうと、逸見はリヒトに命じて祭壇を築き、主君の出御を仰いだ。日頃は邸の地下室に祀った魔鏡を通して、主君の声のみを聞く逸見だが、「こたびは御姿を拝し奉り、その御意志をじかに仰ぎたい」と願い出たのである。
(名というものに、意味などないと思っていたが)
 久方ぶりの謁見で主君が口にした意外な言葉と、左の手のひらに授けられたもの。それらを反芻しながら、逸見は瞳を輝かせて五年級の抱負を語る時枝に目をやった。
「では、永原さん」
 あたかも物分かりの良い、道源寺と並んで引けを取らぬ後見人の顔をしながら時枝の話に耳を傾けていた逸見は、御祇島の声ですべての意識をこの場に戻した。
 逸見がそう評した通り、成績にも素行にも、そして学費面においても大きな問題がないことがわかり、時枝の保護者面談は滞りなく進んだ。担任教師と後見人を前にしての面談は時枝に少なからぬ緊張を強いたが、倫太郎の的確な補佐もあって、時枝は女学院卒業後の夢や、上海に残してきた家族を日本に呼び寄せたいと考えていることなどを話した。
 女探偵の是非はともかく、御祇島も逸見も、時枝の置かれている立場や将来への希望には理解を示している。それに勇気づけられた時枝は、今は自分の道を目指して歩んでみたいとの想いを胸に話を締めくくると、父兄役を担ってくれている倫太郎に感謝の眼差しを向けたのだった。
「あなたと教室で会うのはこれが最後になりますが、最終学年も級友の皆さんと支え合い、良く励むのですよ」
「はい、先生」
 時枝の返事に優しくうなずいてやると、御祇島は軽く頭を下げ、一同の足労を感謝した。これは個人的な会合ではなく、学校行事としての面談である。遠回しであれ、退出を促されれば留まることもできず、時枝は名残惜しさをこらえて倫太郎と共に席を立った。
「あの、逸見教授は」
 面談が終わったにも関わらず椅子から立とうとしない逸見を見て、倫太郎が遠慮がちに声をかける。逸見は軽く姿勢を崩してやおら脚を組むと、御祇島に個人的に相談したいことがあると言って、時枝たちにひと足早い帰宅をすすめた。
「わたしも若い者を教え導く立場ではあるが、あれには――義弟のリヒトにはほとほと手を焼いている。男女の違いはあれ、リヒトと永原くんは同年齢だ。御祇島先生から、助言のひとつでも頂ければありがたいのだが」
「ああ、そうでした、思い出しました」

 

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