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歴史・時代

東京探偵小町 第十九話「夜半の嵐」 <1>

   

「亡き永原探偵は、傍から見る限りでは、割に思い切りの良い性格だったように思う」
「そうですね。ある意味、潔いと言うべきか」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

 その重厚な薔薇模様のカーテンは、「東の異人館」の、もとの持ち主の趣味だった。住処を転々とさせる、言うなれば「永遠の旅人」である御祇島は、どこに留まっても「仮の宿」と達観しているため、外観や内装について不平不満をもらしたことはない。見た目にうるさいのは、むしろ彼の愛猫であり、忠実な使い魔でもあるニュアージュのほうだった。
 だが、この館のカーテンに関しては、ニュアージュの趣味に合っていたらしい。同じ土地に、比較的長居をすることになりそうだとわかったときは、主人の真の好みに合うように調整するのが彼の役目なのだが、この館に移り住んでからは模様替えというものをしたことがなかった。このカーテンも、だいぶ古びてはいるが、厚手の生地と相まって遮光性と遮音性が高く、昼ひなかであっても主人の眠りを脅かさないところが、彼の眼鏡にかなったらしかった。
「…………まさか、文字通りの『嵐』だったとはね」
 仏蘭西窓に重ねて掛けられた、紗と薔薇模様のカーテンを一度に開けて、御祇島が苦笑交じりにつぶやく。それに気づいて、ピアノの上に寝そべっていた銀猫が、音もなく床に飛び降りた。
「先日の、小町くんとの面談の別れ際に、あの男が言ったのだよ。『嵐が来るぞ』とね。てっきり、何かの比喩だと思っていたのだが」
 そう言って、視線を再び、窓の外の豪雨に転じる。
 ニュアージュもカーテンの隙間から外を覗き、凄まじいほどの暴風雨に、ため息をつくかのようなひと声を発した。時節的には「花嵐」と言うべきなのだが、とてもそんな詩情に満ちたものではない。せっかく咲き染めた春の花々も、新芽を出しはじめた緑も、すべて暴風に散らされ、雨に打たれてしまいそうだった。
「ニュアージュ」
 御祇島はまぶた伏せて逆十字を切ると、自身の足元に擦り寄ってきた銀猫を抱き上げ、その額に口づけを落として必要な分の精気を分け与えた。途端に銀猫が御祇島の手から離れ、美しい銀髪の少年の姿を取って、深々と頭を下げた。
「御主人さま」
「ごらん、ニュアージュ。あの男、存外、芸のないことをする」
「はい。さすがにこの嵐では」
「ああ、小町くんは港のホテルで、さぞかし肩を落としていることだろう。この分では、たとえ明日の朝には風が治まったとしても、すぐの出航は難しいだろうからね」
「おかわいそうに」
 再び戸外の嵐に目をやった御祇島の隣に、ニュアージュが静かに侍る。夜空には月もなく星もなく、墨を流したような重苦しい闇があたりを覆い尽くし、何もかもを根こそぎ奪っていきそうな暴風雨が、家々にその拳を叩きつけていた。
「これだけの強風が続けば、船体に損傷が出てもおかしくはない。点検と修理で、まず半日は潰れるな」
「もともとの日程がとんぼ帰りもいいところですし、今回は長崎で乗り継ぎをするようですしね。数日なりと延長できるのなら、無理をしてでも出掛けるかもしれませんが」
「それが彼女は、新学期初日を欠席するわけにもいかないのだよ。彼女は、院長じきじきの抜擢で、在校生代表として新入生に歓迎の挨拶を述べることになっている。今頃、楽しみにしていた上海行きを、泣く泣く諦めていることだろう」
「これが、あの恐ろしい人の力……なのでしょうか」
「ふふ、だとしたら、わたしたちに勝ち目はないな」
「御主人さま、笑いごとではありません」

 

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