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歴史・時代

東京探偵小町 第十九話「夜半の嵐」 <3>

   

「おめェなァ、なんでそう、水臭ェことばっか言いやがる」
「そうですよ。リヒトくんは、紫月くんや松浦さんと同じように、うちのお嬢さんのお友だちでしょう?」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

 この季節には珍しい大嵐によって、港に足止めとなった船客たちは、船会社が手配した宿に分かれて泊まっていた。実際に乗船する客だけならまだしも、時枝たち一行のように、見送りにやってきた者まで身動きが取れなくなってしまったため、結構な人数になっている。時枝たちが滞在しているホテルも、定員以上を抱え込む羽目になっていた。
「紫月くん、本当に『雑魚寝組』でいいんですか?」
「いいです。大人のおじさんたちは、疲れてるだろうし」
 ホテル二階中央に設けられた、ささやかな待ち合い。
 二台の長椅子と小卓、大きな洋灯が三つ置かれた一画で、倫太郎は雨に濡れた髪をかきあげながら、部屋割に頭を悩ませていた。道源寺とサクラ書房の金子、サタジットが第一陣としてホテル一階の浴場に行っているあいだに、時枝たちを除く総勢八人を、三部屋に振り分けておく必要があるからだった。
 蒼馬とサクラ書房の金子は、たまたまこのホテルで時枝たちと鉢合わせになっただけで、時枝の見送りに来たわけではない。最初に申し込んだ通りの部屋で静かに休む権利があったのだが、蒼馬が部屋の交換を申し出てくれたため、今夜の疲れが出るだろう年配組は、サクラ書房の名義で取った、特等の二人部屋で休むことになったのだった。
「だったら、簡単なハナシじゃねェか。おめェとタジ吉と、柏田のお兄ィさんで二〇七、俺と坊主たちが二一二だ」
「紫月くん、リヒトくん、それでいいですか?」
「ボクは別に…………」
 蒼馬が、意見を求めるようにリヒトを見る。
 すると、一同からやや離れたところで、まるで影のように佇んでいたリヒトが初めて口を開いた。リヒトは、その前日になって時枝の旅程を思い出したという逸見からの餞別を届けに横濱までやってきたのだが、柏田やサタジットと同様、汽車が動かずに泊まりを余儀なくされていた。
「オレまで、すみません。オレは部屋の隅で……いえ、この長椅子を貸して頂ければ、それで十分です」
「とんでもない、紫月くんとリヒトくんは、きちんと寝台で。いいですね、和豪くん」
「わかってらァ」
 濡れ髪をざんばらにした和豪が、時枝とみどりが手配した夜食にかぶりつきながらカーテンをたぐり、外の様子に目をやる。その横で、倫太郎が蒼馬に何か耳打ちをし、蒼馬がぷっと吹き出した。
「なんでェ。なァに笑ってやがる」
「いえ、和豪くんはいびきがうるさいですから、お気をつけてと」
「出鱈目言いやがって、俺ァ生まれてこのかた、いびきなんていっぺんもかいたことねェぞ!」
「ああ、いびきじゃなくて、よだれでしたっけ?」
「ヘッ、よだれはうちの大将だろ」
 時枝が聞いたら「嘘ばっかり言わないで!」と顔を真っ赤にして怒り出しそうなことを言って、人数分の軽く倍はあるサンドイッチの山に、再び手を伸ばす。それをかわすように大皿を取り上げた倫太郎が、まだ手を付けていない蒼馬とリヒトにすすめた。
「お夜食がわりにどうぞ。お嬢さんたちからの差し入れですよ」
「えっと……じゃあ、いただきます」

 

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