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歴史・時代

東京探偵小町 第十九話「夜半の嵐」 <4>

   

「ねえ、みどりさん」
「はい?」
「みどりさんとお泊まりをするときって、いつもこんなふうね」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

「どしたィ、大将」
「あのね、セイランがちっとも良い子でお休みしないのよ」
 ホテル二階中央の小さな待ち合いまで小走りでやってきた時枝は、風呂上がりのときのような和豪を見上げ、青藍がやかましくて困っているのだと打ち明けた。
「みどりさんのお母さま、雨が降ると、きっと頭が痛むんですって。それで今夜は、ずいぶん早くに、あたしたちにお休みなさいをおっしゃったんだけど……おかしいのよ、セイランがどうしても大人しくしてくれないの。お部屋の外に行きたがって、仕方がないのよ」
 時枝の話によると、みどりの母親こと松浦男爵夫人は、若いときから雨降りのたびに頭痛に悩まされてきたのだという。よって大嵐に見舞われた今夜も、入り口側の寝台に早々に衝立と衣桁を巡らせ、明日に備えて横になっていた。
 そんな男爵夫人の邪魔にならないよう、時枝とみどりは窓側の寝台に並んで腰掛け、明日の好天を祈りつつ、小声で取り留めのないおしゃべりに花を咲かせていた。だが、鳥籠がわりの弁当行李に入れて寝かしつけた青藍が、どんなになだめすかしても大人しくならず、ついに時枝のほうが音を上げてしまったのだった。
「ねえ、アンタ、青藍まで上海に連れていくつもりだったの?」
「ううん、見送りについてきちゃったのよ」
「ちっとばか目ェ離した隙に、籠抜けした挙句、大将に引っ付いて離れやしねェ。仕方ねェから、弁当箱に突っ込んで、横濱くんだりまで連れて来てやったンだけどよ」
 和豪が軽く手を伸ばすと、青藍がそれをスッとかわし、定位置である頭の上に乗る。だが、すぐにそこから飛び立って、蒼馬の肩の、リヒト側にとまった。
「ねえ、わごちゃんでも、蒼馬くんでもいいわ。今夜ひと晩、セイランを預かってもらえないかしらん。こんなに騒がしいと、みどりさんのお母さまに申し訳なくて」
「いいよ。ボクと先輩と和豪さん、同じ部屋だし」
「そう? 良かった。じゃあ、すぐにお休み用の行李を持ってくるわね」
 蒼馬に青藍を預けた時枝が、廊下を駆け戻る。
 それと入れ替わるようにして、先に風呂に行った面々が、やっと人心地ついたという顔をして階段を上がってきた。
「滝本くんや、先に悪かったな」
「よっしゃ、行くか、坊主」
「いえ、あの…………オレは」
「若先生は、そろそろお休みにならないと」
「まだ平気」
「ヤーヤー、これはおいしそうですネー。タジさん、ずっとおなかペコペコでしたヨ」
 そんな会話が交わされるなか、青藍の寝床となる弁当行李を手にした時枝が待ち合いに戻り、道源寺と明日の相談を始めた。外はいまだに嵐の止む気配はなく、明朝の空模様を確かめ、船会社の決定を聞いてから上海に電報を打っても遅くはなかろうと結論付けて、時枝はみどりの待つ客室に引き上げることにした。
「セイラン、良い子にしていてね。蒼馬くん、お願いね」
「まったく、飼い鳥のしつけくらい、ちゃんとしろよな」
「そうね、今度、よく言っておくわ」
 いつもなら、まるで時枝や蒼馬の話を聞くかのように、きちんと相手のほうに顔を向けている青藍が、今夜はたしかに少々落ち着きがない。それを妙に思いながらも、時枝は蒼馬の手に弁当行李を預けて長椅子から離れた。
「じゃあ、蒼馬くん、おじさま、お休みなさい」
「おお、お時ちゃんも、今夜は良く休むようにな」
「はい、おじさま」
 サタジットや金子にも就寝の挨拶をして、時枝が自分たちの客室に引き上げて行く。待ち合いに居合わせた全員がそれを見送って、やがて蒼馬も、割り当てられた客室に移動することにした。

 

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