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歴史・時代

東京探偵小町 第二十話「まよい道」 <2>

   

「欲しいか?」
「申し訳ありません。失礼をお許し下さい、兄上」
「ククッ、そうだ、これはそういう『もの』なのだ」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

「女の髪には魔力が宿る。その度合いは、『生きている髪』のほうが強い」
 その晩、遅い時間に帰宅した主君を玄関先で出迎えたリヒトは、主君の鞄を手に数歩遅れて歩きながら、問わず語りを始めた背中を見つめた。
「生きている…………?」
「死人の髪、抜け落ちた髪は『死んだ髪』だ。『生きている髪』は、生きている女の頭から引き抜いたものを指す」
 どこか愉しそうに言って、逸見が背広の隠しから懐紙を取り出す。そこには、黒ではなく黒茶色の、一本の美しい髪が挟まれていた。女の髪にしてはやけに短いと思った瞬間、それが誰のものなのかに気付いて、リヒトが表情を固くした。
「兄上、それは」
「まじないに使う髪は、『生きている』ことが大前提だ。だがそれは、生きている女の頭から、ただ無造作に引き抜けば良いというものではない。無論、意識のない状態で抜いても役には立たん。その女に意識があってなお、気付かれずに引き抜き、手に入れる。そうして初めて、まじないの材料としての意味を持つ」
 懐紙に挟んだ髪をつまみ上げると、逸見はその艶やかさを愛でるように目を細めた。
「女が髪を抜かれたことに気付き、痛いだの何だのと声を上げれば、それもまた、直ちに『死んだ髪』となる。労せず手に入れる方法はただひとつ、女がほかのものに気を取られている隙を狙うことだ。例えば……兄代わりの青年と父代わりの後見役に挟まれ、担任教師と進級の面談をしているような場なら……自分の髪になど構ってはおれまい」
 そう言われて、リヒトは初めて、逸見の格好に目を留めた。
 洋服箪笥にあるものをそのまま着ているように見えるが、逸見は今の自分の「役」を演じるに当たって、服装にも手を抜かなかった。ことに今日は、手持ちの背広のなかで、最も高価なものをまとっている。つまり逸見は「父代わりの後見役」として時枝の父兄面談に参加し、時枝の注意が面談に集中している隙を見て、髪の毛を引き抜いてきたのだ。
 逸見は時枝の髪を懐紙に戻すと、リヒトに「裏の客間」の支度を命じた。だが、今夜は通常の儀式でも、大公の出御を仰ぐための、特別の準備でもない。戸惑うリヒトを見て、逸見が人差し指の先をリヒトの額にあて、ラテン語で何ごとかをつぶやいた。それを復唱するや、急に何かを思い出したときのように、リヒトの脳裏に為すべきことが浮かんできた。
「支度が済んだら知らせろ。今から十分以内だ」
「は――はい」
 これだけの支度をするとなれば、どれほど急いでも、倍の時間がかかる。間に合わなかったときは、それにかこつけての折檻が待っているのだろう。リヒトは、それが主君の「やりかた」なのだと諦めて、鞄を書斎の定位置に置くや、すぐに逸見の前から退出した。
(永原の、髪…………)
 それを使って、何をしようと言うのだろう。
 ひどく気になるが、今は余計なことに気を回している暇はない。リヒトは、命じられたことを可能な限り効率良くこなし、十九分後に主君の待つ書斎に戻った。逸見は「遅い」と言いざま吸い掛けの洋煙草をリヒトの手首に押し付けると、うめき声を押し殺して必死に痛みをこらえるリヒトをその場に残し、ひとりで邸の西北にある半地下室に入った。

 

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