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歴史・時代

東京探偵小町 第二十話「まよい道」 <3>

   

「そうか、リヒトくんはこの鳥とおしゃべりをしていたわけか」
「そういう、わけでは」
「いいよ、いいよ、隠さなくても」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

 寝入ったわけではないのだろうが、和豪が黙り込んだのを潮に、蒼馬とリヒトも目を閉じた。普段は寝付きの悪い蒼馬なのだが、今夜は旅疲れが出たのか、しばらくすると寝息を立てはじめた。リヒトも、眠れるものなら眠ってしまおうとまぶたを閉じたが、蒼馬の寝息を確認してから半時以上が経過しても、リヒトのもとに眠りの精が訪れることはなかった。
 すぐそばから漂ってくる蒼馬の気配に、リヒトがきつく目を閉じる。蒼馬が自分に背を向けたのを幸いに、リヒトもまた蒼馬に背を向けて横になっていたのだが、「蒼馬が隣の寝台にいる」という絶対的な事実は変わらない。意識しないようにと自分に言い聞かせても、背後からかすかな寝息が聞こえてくるたびに、息苦しさが増していくようだった。
「……………………っ」
 大声で叫び出したくなるほどの苦しさに耐えかね、ぐっと喉もとを押さえる。その途端、リヒトはめまいがするほどの強烈な飢餓感を覚え、ゴクリと唾を飲み込んだ。体内に残る「糧」の少なさが、そこから来る身体的・精神的な余裕のなさが、余計に飢餓感を誘発するのだろうか。それとも、心のどこかで喰らいたいと思っている相手が、すぐそばで寝息を立てているというこの状況が、すべての元凶なのだろうか。
 リヒトは掛け布団の下でこぶしを固めると、わずかに寝返りを打ち、壁に寄り掛かって仮眠している和豪の様子をうかがった。春節の新年会に呼ばれた際の時枝の話によると、和豪の生家は、帝都でも指折りの剣術道場なのだという。そこでの修練と、探偵の用心棒をしていた経験からか、和豪はまるで外の嵐から二少年を守るかのように、目を閉じてはいても、眠ってはいなかった。
「…………おめェ、枕が変わると眠れねェ性質か?」
「い、いえ」
 ふいに話しかけられて驚いたのだろう、掛け布団を目深に被っていたリヒトが、ややどもりながら和豪同様の小声で応える。和豪は苦笑しつつ、左の寝台で眠っている蒼馬に目をやった。
「ま、同じ部屋に他人がいるってだけで、寝付けェねこともあるからな。俺も盆栽学校の寮舎にぶち込まれた初めの日なんざ、狭ッ苦しい部屋に八人詰めで、寝る気にもなれなかったしよ」
「あの、もし良ければ、場所を代わります。眠れそうにないので」
「だったら、朝まで大人しく横になってな。ガキは寝るのも仕事のうちってな」
 和豪はなかばたしなめるように言うと、「外の様子を見てくらァ」と立ち上がり、ほとんど音を立てずに扉を開け、廊下へと出て行った。客室の窓が、良く眠っている蒼馬のすぐそばにあるため、カーテンを開けるのをためらったのだろう。耳を澄ますまでもなく、外の大嵐はいまだ止まず、時枝の明日の出航が危ぶまれるとなれば、その意味でも落ち着いて眠ってなどいられないのだった。
 和豪の足音が遠ざかるのを聞きながら、リヒトはため息まじりに起き上がり、内臓をじりじりと焼くような飢餓感をどうにか押さえようと水を求めた。だが、小卓の上、洋灯の隣に置かれた硝子の水差しに手を伸ばそうとした瞬間――蒼馬が寝返りを打ち、リヒトのほうに顔を向けた。
「っ!」
 軽くはだけた寝巻きから覗く、細く頼りない首が目に入り、リヒトの喉が再び動いた。主君を通して知った蒼馬の「味」が瞬く間に蘇り、リヒトは慌てて口元を押さえ、顔を背けた。全身に奇妙な震えが走り、とにかくこの場から離れなければと思うのに、自分の意に反して、左目は蒼馬を凝視していた。

 

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