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歴史・時代

東京探偵小町 第二十話「まよい道」 <4>

   

「そうだったんですか…………」
「タジさん、ドクターのきもちが、よくわかりました」
「思いもつかないことでしたけど、それでも、原因がわかったのは良かったと思います」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

「あの……ねえ、リヒトくん。もし話しにくいことだったら、無理にとは言わないけれど」
 その領域に一歩でも踏み込めば、途端に逃げ出してしまいそうなリヒトを前に、柏田は努めて穏やかな声音で切り出した。
「良かったら、その怪我の原因を教えてくれないかな。本当に、嘘偽りなく喧嘩で出来た名誉の勲章なら仕方ないけれど、もしもそうじゃないのなら、勉強に集中するためにも、もう少し落ち着いた環境を作るべきだと思うんだ」
「……………………」
「逸見先生は君にとても期待しているし、誰よりも強く君のことを案じている。君にもいろいろと大変なことがあるんだろうけれど、でも、過ぎる遠慮は、時に人と人との関係をぎくしゃくさせてしまうものなんだよ。少しでいい、時枝さんみたいに、自分からみんなに歩み寄ってみてごらん。そうしたら、誰もが喜んで力を貸すんだから」
「オレは」
 何かを言おうして、リヒトは、そんな自分に驚いた。
 逸見は「逸見晃彦」の皮を被った恐ろしい悪鬼、救いを求めたところで人間のかなう相手ではない。それがわかっているからこそ、「誰の助けも要らない」と言おうとしたのだろうか。
「オレ、は…………」
 一方の柏田は、リヒトが自分から何かを語り出そうとするのを、辛抱強く待っていた。そんななか、何かを言おうとしていたリヒトが、にわかに全身を緊張させた。
「リヒトくん?」
 柏田の問い掛けに応えるより早く、リヒトの脳内に大量の「言葉」が流れ込む。言葉というより、強力な「思念」というべきだろうか。頭のなかを滅茶苦茶にかき回されるような感覚に、リヒトは激しい悪寒と嘔吐感を覚え、やがて全身が細かく震え出した。
「リヒトくん、君、ちょっと顔色が」
「オレは…………オレは、病気、なんです」
「病気?! だったら、こんなところにいないで、早く寝台に」
「違います。そういう、病気では……ありません」
 答えるリヒトの額に、脂汗がにじむ。
 リヒトは、できることなら、今この場で意識を失ってしまいたいと思った。気絶どころか、死を願ったと言っても過言ではないだろう。自分の心を、意識を、圧倒的な力でねじ伏せられる――それは想像を絶する苦しみだった。重い縛鎖が全身に絡みつき、魂がみしみしと音を立てているのが、肌でわかるほどだった。
「オレは、不治の病です」
 口が、自分のなかに勝手に流れ込んできた話を喋り出そうとする刹那、リヒトは逸見の「なか」に閉じ込められている晃彦を思った。恐らく晃彦は、今このときも、これと同じような耐えがたい苦しみに責め苛まれているのだろう。あの悪鬼に体を横取りされた日から、この凄まじい苦しみが、間断なく晃彦を襲っているのだ。
 そこから晃彦を救い出せるのは自分しかいないのだとわかっていても、リヒトは、いっそこのまま、心など欠片もない「操り人形」になってしまいたいと思った。地獄の底からやってきた悪鬼なら、役立たずの使い魔を操り人形に変えるくらい、いともたやすいことだろう。むしろそのほうが使い勝手が良くなるだろうに、なぜ最初からそうしないのかと、疑問にも恨みにも思うほどだった。
「オレの病気は、兄にも、誰にも治せません。オレは、もう一生、治らないんです」
「一生って……入院も治療もしないで、何を馬鹿な! 治るか治らないかなんて、そんなこと、まだわからないだろう!」
 ここがホテルの待ち合いであることも、誰もが寝静まっている真夜中であることも忘れて、柏田は大声でリヒトを叱りつけた。

 

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