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歴史・時代

宮廷戯曲/最終話

   2005年10月5日  

“耳に残るは君が歌”

女は地位を守るため、男は権力を握るため。始められたひとつの不遜なはかりごと。

紫嬉(25)の懐妊し、ふたりの仮初めの情事には幕が下りた。そんなある夜、高呂順(29)が、別れを告げに紫嬉のもとを訪れる…。

愛と陰謀渦巻く宮廷ラブストーリー。

 

最終話
“耳に残るは君が歌”

チクタク…チクタク…チクタク…
機械仕掛けの時計が、静かに時を刻む音が響く。
寝台に横たわる紫嬉(シキ)の脈をとっていた侍医が、うやうやしく頭を下げ告げた。
「ご懐妊です」
部屋につめる女官たちから、おぉ、という感嘆の声が漏れる。
現在、第1位の皇位継承権を有する皇太孫が危篤という報は、既に伝わっている。
これで、腹の子が男子であれば、紫嬉の前には、女人として最高の地位が約束される。
しかし、競って挨拶につめかける宮廷人たちを眺めながら、紫嬉の心は晴れない。
(おかしなものじゃ、あれ程、このような日を望んでいたというのに…)
気鬱の原因を紫嬉は知っている。
つわりや体調の変化も一因ではあるが、それはむしろ、母になった実感につながる。
そんなことではない。懐妊そのものは素直に嬉しい。しかし…
(これで、もう、あの男は妾を訪ねることは無い…)
高呂順(コウロジュン)。いつの間にか、彼との逢瀬そのものが紫嬉の喜びとなっていたのだ。

老帝の喜びはひとしおだった。
まだ、性別は分からぬとはいえ、およそ、40年越しに我が子が生まれるのである。
自らに薬を処方した、その筋の名医とやらに、目もくらむような褒美を与え、出産後は、御子の性別に関わらず、紫嬉を正妃の地位につける旨の宣旨を発した。
宮廷は、すっかり浮き足立った空気に包まれていた。
もうずっと長い間、停滞し続けた流れが、ここに来て、一挙に堰を押し広げたかのようであった。

 

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