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歴史・時代

東京探偵小町 第二十一話「映る面影」 <3>

   

「大将、あんまグズグズしてンなよ。遅くなって、あとで道源寺のオッサンに叱られたって知らねェからな」
「わかってるわ、すぐに済むから、ちょっと待っててね」

小説版『東京探偵小町
第六部 ―横濱編―

Illustration:Dite

 

 それは、大聖堂の見学を終え、仏蘭西から贈られたという純白の聖母像にも祈りを捧げた時枝が、早く道源寺のもとへ戻ろうと道を急いでいたときのことだった。それまでずっと大人しくしていた青藍が急に時枝の肩から離れ、嵐のあとのぬかるんでいる地面に降り立ったと思ったら、何かを見つめながら懸命に囀りはじめた。
「まあ。それでは、青藍さんがこれを?」
「そうなの、教会堂からの帰り道で、水たまりに落ちているのを見つけたの。青藍がどうしても要るって言っているみたいだったから、つい、拾ってきちゃったのよ」
 しきりに囀る青藍の視線の先にあったのは、泥水をたたえた、大きな水たまりだった。見ると、そこに薄い名刺入れのようなものが落ちている。時枝はだいぶためらったものの、しまいには青藍が水たまりに飛び込み、名刺入れを掴んでなんとか飛び上がろうとしたため、手が汚れるのも構わずに水たまりから青藍の欲しがっているものを拾い上げた。
「でも、何かと思ったら、お裁縫道具入れだったのね」
「どなたのものでしょうか。とてもお大事になさっていたような」
「そうね。勝手に拾ってきたりして、あたし、悪いことをしちゃったわ。本当はこんなにきれいなんだもの、落とし主さんが、きっと探しているわよね」
 青藍が見つけた「落し物」を拾い上げた時枝は、それをハンケチに包み、母親から譲られたビーズ織りのオペラバッグにしまった。そうして港近くのホテルに戻ってから洗濯室を借りて丁寧に洗い、ニュアージュの見舞いと、静かな部屋での昼寝で元気を取り戻したみどりを呼んで、中身を広げてみせたのだった。
 泥水が染み通ってずいぶんと汚れていたものの、それは亡き父が持っていた名刺入れと似たような大きさの、携帯用の裁縫道具入れだった。見れば、丈夫な白い帆布で作られ、片端を花模様の入った青硝子のボタンで留めるようになっている。そして表地の右隅には、青藍に良く似たかわいらしい小鳥の姿が、ボタンと同じ色の糸で刺繍されていた。
「でも……不思議ですわ。この刺繍、青藍さんにそっくりなのですもの。それを、青藍さんが見つけるなんて」
「あたしも、模様がはっきり見えたときはびっくりしちゃった。水たまりに沈んで泥まみれだったのに、セイランにはこの刺繍が見えたのかしらん。あら、だめよ、セイラン。お針が危ないわ」
 みどりの肩から簡素な木製の作業台に飛び降りた青藍が、そこに広げられた小振りな鋏や糸通し、数種類の針や手縫い糸などを興味深そうに覗き込んでいる。青藍が間違って針を飲み込んだりしないようにと注意しながら、時枝は洗ったばかりの鋏と針を新しいハンケチで拭いた。
「時枝さま、先にお針だけ片付けますわね。こちらのお針入れは、乾いたようですから」
「ありがとう、みどりさん」
 紙製の針入れを手拭いで押さえ、慎重に炭アイロンを当てていたみどりが、乾いた針入れを時枝に差し出す。それを受け取って、時枝は半乾きになった裁縫道具入れをみどりに渡した。
「あら?」
「みどりさん? どうしたの?」
「ここに、何か入っているようですわ。なんでしょう」
 裁縫道具入れに炭アイロンを当てたみどりが、かすかな違和感を覚えて、当て布代わりの手拭いを外す。時枝はきれいに拭き終わった針をすべて針入れにしまうと、帆布製の裁縫道具入れを手に取り、何が入っているのだろうかと調べてみた。

 

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