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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース <アペリティフ>

   

「新世界ものって、どうしてもしつこい感じがするのよ」
「イヤ、まったく。あんなものを野性味なんぞと言われては」
「ごくごく若いやつなら、割といけるんですけどね」
「その点、日本産は素直で癖がなくていいわ」

妖食フルコース
 ~第1章:アペリティフ~

Illustration:Dite

 

◆アペリティフ◆
《カーディナル》
 ~カシスと赤ワインのカクテル~

 良馬はつまずかず
 良妻は愚痴を言わず
 良酒は悪酔いをしない (アイルランドの諺)

「口の悪いフランス人はね、『食事中に水を飲むのは、アメリカ人とカエルだけだ』なんて言うんだよ」
 ダイニングから、陽気でよく響くテノールが聞こえてくる。
 今夜のお客さまは、男性3名に女性3名の、計6名だった。前々から予約のあった貸切のパーティーとは言っても、無事にディナーの席に着けたのは、やはり幸運だったと言えるはず。だっておじさまは――このレストランのオーナー・シェフは、予約のあるなしに関わらず、その日その日の食材の揃い具合で、営業するかどうかを決めるんだもの。
 趣味の山歩きで焼けた小麦色の肌と、胡麻を散らしたような無精髭、ひとなつっこい笑顔に漂うフランクな雰囲気。外見からだと、おじさまはいかにも野性的で豪放な、おおざっぱな性格の持ち主のように見える。それが実際はまったくの正反対で、おじさまは神経質といっていいくらい、こだわりの強いシェフだった。
 だから納得の行く食材が手に入らないと、どんなに前からの予約が入っていても、平気でお店を閉めてしまう。去年の秋は特にひどかったみたいで、魚河岸にいい魚が上がってこないからと、3週間も休業の札をかけっぱなしにしていたらしい。このあいだも、南仏の農場に空輸で頼んでいたモリーユ茸がまだ届かないからと言って、せっかくの予約を2組も蹴ってしまった。
網目状の表面がまるで脳味噌みたいなモリーユ茸は、春が収穫期。旬の素材を可能な限り本場からというのが、おじさまの信条なのだ。昨日も、わたしにキュウリと小玉葱のコルニションの漬けかたを教えながら、おじさまはこんなことを言っていた。
『食うって行為はなァ、神聖かつ罪深き行為なんだ。人は食うために生きる。食うために、ありとあらゆる生きものを殺す。人を殺すことだってある。そこまでしても、人は食いたいと願う。それも、少しでもうまくて、柔らかいものをな』
『柔らかいもの、ですか?』
『そうだ。料理ってのは、食いものをより甘く、柔らかくするために発達してきたんだぜ。快感なんだよ、舌に甘くて歯に柔らかいのは。舌でつぶせるゼリーやムース類なんか、その極致だな。ま、そんなわけで快楽至上主義のオレとしちゃ、芯から満足の行くものが出せるときだけしか、客を入れたくねぇんだよ』
 淡い黄金色が揺れるワインビネガーのビンを光にすかしながら、まるで将来の夢を語る少年のように瞳を輝かせる。そんなおじさまの意にかなう食材を、今日は十二分に用意しての開店だった。
 この日のために手配しておいた食材が最良の状態で届いたとかで、おじさまもおばさまも、今日は朝から御機嫌だった。どんな食材なのか、まだ教えてもらっていないけれど……今朝がた、厨房の裏口に大きな木箱が置いてあったから、たぶんそれだろう。
(テーブル・セッティング……うん、大丈夫。完璧)
 厨房に立つだけでおじさまたちの意気込みが伝わってくるから、今日はわたしも、いつもの何倍も張り切っていた。
 4人掛けのテーブルをふたつ寄せて、シミひとつない純白のクロスを敷き、中央には種々の薔薇を鮮やかに活けた、陶器のフラワーベースを置いて。もちろん、イスの背もたれの精緻な彫刻にも、壁に掛かる泰西名画の額やランプのカバーガラスにも、ホコリの存在なんて許さない。そうやって精を出したおかげで、時計の針が夕方の5時をまわる頃には、ディナーの準備はすっかり整っていた。

 

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