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妖食フルコース <アントレ>

   

「アントレとポワソンには、ボルドーの白、やや甘口のものをお選び致しました。マンゴーにも似た芳醇な香りと柔らかさが、今夜の魚介類に合うと思いますわ」

妖食フルコース
 ~第2章:アントレ~

Illustration:Dite

 

◆アントレ◆
《マーメイド・マリネ》
 ~人魚のマリネ、季節の野菜と~

 食卓こそは、ひとがそのはじめから
 決して退屈しない、唯一の場所である。(ブリア・サヴァラン)

 うまい。
 この世に、こんなカクテルがあったとは。
 私はしばし茫然として、グラスに揺れる赤い酒を見つめていた。このカクテルの味を、色と香りを、なんと表現したら良いのだろう。紫色をにじませた、深い、柘榴石を思わせるような深い赤。豊かな甘さのなかに潜む針のような刺激と、はっとするほどの毒々しさを宿した香り。
 私はフルートグラスをそっと揺らして、浮かぶように立ち上ってくる香りを存分に楽しんだ。こうしていると食前の軽いカクテルではなくワインを賞味しているような気分になるが、まわりがそうしているため、ついならってしまう。私は左隣に座る宮田のペースを真似ながら、次のひと口を舌の上に遊ばせた。
 カクテルではあるがワインの作法に準じて、すぐには飲み込まず、舌で転がすようにして酸味や渋みをみる。こんな私でもスクールで舌を鍛えること半年、テイスティングの心得くらいはある。印象に残ったのは鋭い酸味と奥行きのある甘みで、少しだけ苦味もあるようだった。舌触りは極上で、リキュールとの割合によるものだろうか、かすかなとろみもあるようだった。
(しかし……カシスだけでこんな味が?)
 拒めそうでいて決して拒めず、まるで生きもののように、確実に体内への侵入を果たしていく色鮮やかな深紅の酒。もの書きでありながらなんとも稚拙な表現だが、本当に、五臓六腑に染み渡るような強靭さを持ったカクテルだった。そのくせ胃をしびれさせることはなく、かえってより激しい、原始の食欲をかきたてるのだから、アペリティフの役目を十二分に果たしていると言えるだろう。
「どう、佐久間くん。なかなかだろ? 僕、ココのソワニエだから、今日はいろいろと特別なんだ」
 宮田が私のほうに視線を投げて、小僧じみた笑みを浮かべる。私は軽くグラスを掲げて、それに応えた。
「自分で『最高顧客』なんて言ってるようじゃ、まだまだなんじゃないですか?」
「お、かわいくないことを言うねぇ」
「ディナーの入口で降参をするわけにはいきませんね。まあ、宮田さんがわざわざ連れてきて下さるんですから……並のシロモノではないんでしょう?」
 余裕の笑みのつもりだったが、アペリティフでこのレベル、これからどんな酒と料理が出てくるのか想像もつかない。だが、内心で舌を巻いてはいても、そう簡単に白旗を掲げてはフード企画で名を上げた「編集長」の名が泣くというものだ。私はくちびるを引き結び、努めて平静を装って、ほかのメンバーの飲み具合を確かめた。
 それにしても、このアペリティフには、カシス以外にも何かが隠されているような気がする。あとでこっそり、この麗しきマダム・ソムリエールに聞いてみようか。そんな考えを巡らせていた矢先、当のマダムとふいに目が合って微笑を投げ掛けられ、私は今のいままで考えていたことを、すべて意識の外にこぼしてしまった。
 今宵この場に集う女性たちは、誰も彼もが、名画のなかの美女のように優美に微笑む。華やかに、艶やかに、たおやかに、淑やかに。そしてまた、天使のように愛らしく。

 

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