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妖食フルコース <ポワソン>

   

「シェフ、今夜のヴィアンドはエギュイエットですか?」
「ああ。胸肉のエギュイエットなら、早く仕上がるからな。腿肉をロティしてもいいんだが、今日は胸肉だけでいいだろ」

妖食フルコース
 ~第3章:ポワソン~

Illustration:Dite

 

◆ポワソン◆
《クル・ブロン》
 ~生牡蠣の三色ソース添え~

《コキーユ・サン・ジャック・グラチネ》
 ~帆立貝のグラタン~

 うまいものを食わせる奴に油断をするな。(日本の諺)

 それまでグラタンの焼き具合をオーブンの窓から慎重に見つめていたおじさまが、突然、素早く動き出した。大きく開け放ったオーブンから、サヴァイヨン・ソースのこうばしい香りがぷうんと漂ってくる。黄金色のソースに、こんがりした焼き目がところどころに散って、見るからにおいしそうだった。
 グラタンという名は、「鍋に焦げついたもの」という意味のグラテから来ているらしい。それが転じて、オーブンで焼いたもの全般をグラタンと呼ぶようになったのだとか。「おこげ」の意外なおいしさというのは、万国共通なのだろうか。
「繭ちゃん、先にブロンを」
「ハイ、ただいま」
 今夜の魚料理は、用意した2品からお好きなものを選んで頂く趣向だった。ひとつは生牡蠣の三色ソース添え、もうひとつは帆立貝のグラタン。アントレがサラダ仕立てのマリネだったから、冷たいお料理が続かなくても良いようにという、おじさまの心配りだった。
「お出ししてきます」
 あらかじめ冷やしておいた銀のプレートに細かく砕いた氷を敷き詰め、彩りにディルを添える。ここに大振りの生牡蠣を3つずつ並べ、櫛切りにしたレモンと2種類のソースを入れた器と共にダイニングへ運んだ。牡蠣で御注文があったのは、宮田さまと佐久間さまだった。
「お待たせ致しました、ポワソンでございます」
 生牡蠣専用の丸いフォークと胡椒引き、汚れた手を拭くためのウェット・ナプキンを並べながら、メニューを紹介する。これも給仕役の大切な仕事のひとつだった。
「ブロンのニュメロ・ゼロを、レモンと2種類のソースを添えてお持ち致しました。右がトマトベース、左がエシャロットのソースでございます」
「へえ、牡蠣って番号で呼ぶ言いかたがあるんですか」
「たしか数が小さいほど、品が良いんだよね?」
「さようでございます」
 最高級品と言われているブルターニュ産の牡蠣には、面白いことに番号がついている。ニュメロはナンバーという意味だから、ニュメロ・アンだとか、ニュメロ・ドゥなどと呼ぶらしい。ワインで言えばゼロがグラン・クリュ、つまり特級品で、最も大きなものには4つもゼロがつくのだった。
 ほかには質問が出なかったので、ほっとして厨房へ戻り、残りのお客さまに帆立のグラタンをサーブする。これは貝殻がお皿がわりのグラタンで、底に赤と緑の海草が敷いてある、いかにも女性受けしそうな可愛らしい一品だった。
「こちらはコキーユ・サン・ジャック・グラチネ、帆立貝にサヴァイヨン・ソースを掛けて焼き上げました」
 給仕をしながら、グラスの減り具合を確認する。
 さすがに男性が3人もいると、お酒の進みが早い。控えの廊下に目をやると、わたしの視線に気付いたおばさまが、片翼の天使像の影からワイン・リストを捧げて出てきた。「お願いします」と目礼して厨房へ戻ると、すぐにおじさまから次の指示が飛んだ。
「繭、温野菜の下ごしらえをやってくれ。そこに出してあるやつ、ブランシール。ブランシールってわかるよな? ゆでるんだぞ」
「ダ・コール、シェフ」

 

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