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妖食フルコース <グラニテ>

   

「おぞましい話だよねぇ。もしかしたら百合子さんたちは、人間の絞り汁を顔に塗っているのかもしれないよ」
「人間の絞り汁……ふふ、そうね。我ながら恐ろしいわ」

妖食フルコース
 ~第4章:グラニテ~

Illustration:Dite

 

◆グラニテ◆
《ソルベ・オー・ローゼ》
 ~黒薔薇酒のシャーベット~

 食べることは本能である。
 だが巧みに食べることは芸術である。(ラ・ロシュフコオ)

 彼女には頭がない。
 目もなければ耳もなく鼻もない。
 しかも、その血には色がついていない。
 そのうえ彼女には足がないから動けず、動けないからただじっとしている────。
 そんな「彼女」の衣服を強引に引きはがし、生のままツルリと胃の腑に納めているときに私の頭をよぎったのは、文豪として、また美食家として名を馳せたアレクサンドル・デュマの言葉だった。
 無論、この「彼女」は人間ではない。
 人間だったら大変である。件のものが女性名詞だからそう呼んでいるのであって、実は牡蠣を指しているのだった。
 たったいま下げられたばかりの魚料理は、生牡蠣か帆立貝のグラタンのいずれかを選ぶものだった。牡蠣に目のない私と宮田は当然のごとく生牡蠣を選び、女性陣と梅澤画伯は温かいものが恋しいと帆立のグラタンをオーダーした。私は牡蠣のクリーミーさを愛するのだが、甘味があるせいだろう、女性は貝といえば帆立を好むようである。
 やがて専用の丸いフォークと共にサーブされた牡蠣は最高級品の「ブロン」、銀のプレートに氷を敷きつめて香草を飾り、生のまま、貝柱すら切らずに出されてくるのが本場風で楽しかった。淡いレモン色に輝く白ワインの、洗練された切れ味の良さが牡蠣に合っていて、こちらも無論、申し分なかった。
「生牡蠣を汁も残さずツルッとやって、冷えた白ワインで口をすすぐ。いいよねぇ」
「同感です。レモンをキュッと絞るのが一番ですね。わさび入りのトマトソースも、アメリカ風で捨てがたいんですが」
「うん、僕もレモンだな、一番は」
 生牡蠣はレモン汁だけでも十分なのだが、今夜はレモンのほかに、トマトベースとエシャロットベースの2種類のカクテル・ソースがついてきた。トマトベースは、わさびの辛さとほどよくマッチしていてうまく、ワインビネガーで風味付けされたエシャロットソースは酸味がいいが、普段ならダース単位で頼んでいる私たちである。たった3つなど、あっというまだった。
「みんなも牡蠣にすれば良かったのにねぇ。もったいないな」
「まあ、ムッシウ、もったいないのはそちらです。ねえ、ムッシウ・ル・ドクトゥール」
 白ワインのグラスを手に、梅澤画伯に話を振るのはエレーヌ夫人だった。白い頬がほんのりと薄紅色に染まっているところが、なんとも艶である。
「おお、帆立もどうして、甘く肉質の良い極上品ですぞ。それに小生、牡蠣といったらフライ派でしてな」
「ふふ、おじいちゃまのお好きな、レトロな洋食屋さんのお味ね」
「日本人としては、たしかにフライも捨てがたいなぁ。サッと火を通したシャンパン蒸しも、小料理屋でちまちま食べる酢牡蠣なんかもいけるんだけどさ」
 宮田がこの手の話をはじめると、もう止まらない。まったくこの男ときたら、「歩くグルメ辞典」なのだ。その上、話が面白いと来ているから、だれもがつい耳を傾けてしまう。
 だが、美味いものを食わせる店を熟知していて、かつこれだけの話し上手とあればさぞや御婦人がたにモテるだろうに、どうしたわけかこの男は、いまだに独り身をかこっている。いつだったか「女性に食指が動かないわけではないでしょう」とからかったところ、宮田はこう言って笑った。

 

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