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妖食フルコース <ヴィアンド>

   

「皆さま、本日はようこそ、当店においで下さいました。私がオーナー・シェフの角野彰でございます」

妖食フルコース
 ~第6章:ヴィアンド~

Illustration:Dite

 

◆ヴィアンド◆
《カナール・オー・サン》
 ~特選合鴨の胸肉のロティ、温野菜添え~

 美味とは食べ物そのものにあるのではなく、
 それを味わう舌にある。(ジョン・ロック)

 あれからテーブルの話題は二転三転し、今は「印象的だった珍味」がテーマになっていた。中心になっているのは、無論、おしゃべり上手の宮田である。
「それでさ、だったら熊の手の右と左を食べ比べてみようって話になったんだよね」
 宮田のお気に入りの珍味は、熊肉らしい。
 合鴨のローストを食べながら熊肉の話もないと思うのだが、ほかのメンバーはさして気にとめている風でもなかった。
 そんなことよりも、この肉の旨さだ。
 今夜のメインたる合鴨のロティは、シェフのスペシャリテのひとつなのだという。ほかでは決して手に入らない、特別飼育の合鴨を使った逸品で、その胸肉は極上の柔らかさを持っていた。
 こんがりと焼き目のついた焦茶色の皮の下に5ミリほどの脂がのっていて、そこから目にも鮮やかなチェリーピンクに照り輝く赤身が続いている。その赤身にもほど良く脂身が入り混じり、噛むとジュワッと肉汁がしみ出て、皮の香ばしさが鼻に抜けていくかたわら、肉が舌の上でとろけるように崩れていくのだった。
(しかし、鴨にしては珍しい脂の入りかただな。それに、鴨特有の匂いやしつこさがほとんどない。まるで、鴨ではない別の肉を食べているような…………)
 だが、餅にも似た、やや歯にくっつくような粘りと弾力は、重めのソースと良く絡み合って絶妙なハーモニーを奏でていた。鴨肉のローストと言うと、フルーツを使った爽やかな甘口ソースが定番だが、このソースは「オー・サン」、つまり血液を使った個性派だった。
 血液のためかチョコレート色に染まったソースはあくまで濃厚で、少しねとつくような感じが、この柔らかいくせに適度な歯ごたえのある鴨肉に良く合っている。アクセントに加えられた洋酒の風味も、ソースの味を引き立てていて良かった。
(参ったな、この鴨には)
 これほどうまい鴨肉を知ってしまうと、もうほかの店で鴨を頼むことなどできそうにない。もともとジビエや野うさぎなどの「黒い肉」は、とりわけ好きということもなかったのに、これでは私も宮田たちのように常連になってしまいそうだった。
 マダムが選んだブルゴーニュの赤もうまいし、ハーブ・バターを添えて食べる自家製バタールも絶品だった。カリカリのクラストは頑固なほど硬くしっかり、クラムはふんわりと空気をはらんでほのかに甘く、口に含むたびに小麦が香る。さやか嬢が好きだと言っていたノワ・レザンの、3種のレーズンの甘さとローストしたクルミの香ばしさ、このコンビネーションは、パン好きにはたまらないだろう。いや、それよりも圧倒的に粉が美味い。パンの旨味は、すなわち粉の旨味だ。
 それでついつい2切れ、3切れと手を伸ばしては、これも自家製のハーブ・バターをたっぷりとつけて頬ばってしまう。こんな食事をしょっちゅう楽しんでいるのだから、宮田が太るわけである。
「ところでさ、佐久間くんは熊を食べたこと、ある?」
「ええ、ありますよ」

 

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