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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース <フロマージュ>

   

(ああ、違う、これは)
 桜のはなびらが、手向けのように白い花の中央に落ちていく。

妖食フルコース
 ~第7章:フロマージュ~

Illustration:Dite

 

◆フロマージュ◆
《ロックフォール・ソシエテ ほか》
 ~青カビチーズの競演~

 チーズはおいしい正餐の仕上げだが、
 まずい食事の補充でもある。(ジャン・マラー)

「フロマージュは青カビにしましょうか」
 ワイン給仕人にしてチーズ鑑評騎士でもあるおばさまのひと声で、肉料理の次にお出しするチーズが決まった。お店のまかないで、初めて青カビチーズを食べたとき、舌への刺激が思っていた以上に心地よくて、濃厚なコクがあって驚いたものだった。
「ロックフォールとデ・コースと、そうだわ、フルムもまだ残っていたわね。繭ちゃん、下から持ってきてもらえないかしら」
「ウィ、マダム」
 わたしは手にしていた生クリームのボウルを置いて、地下室へ急いだ。そして食物庫の奥に鎮座している大きな冷蔵庫を開けて、ズラリと並んだチーズと対面した。ひとくちにチーズと言っても、種類はさまざま、産地も含めるとそれこそ星の数ほどある。ただ、それぞれ保存方法に特徴があるから、どんなもので包んであるかで、大体の分類がわかるのだった。
 密閉容器に入っていればシェーブルか白カビ、塩水を含ませた布巾とラップで包んであればウォッシュ、容器を少しだけ開けてみてブランデーの香りがすればセミハードで、銀紙にくるんであるのは青カビかハード。小さなケースに赤ペンで正味期限が記してあるものは、甘いクリームやフルーツソースをかけて食べるようなフレッシュ・チーズだった。
 覚えたての分類方法を復唱しながら、冷蔵庫の下段、チーズ専門のスペースから、銀紙に緑色のシールが貼ってあるものを3つ取り出す。ロックフォール・ソシエテとブルー・デ・コース、フルム・ダンベールだった。
 けれど、手にしてみると、そのなかのひとつが妙に軽い。
 不思議に思って銀紙を広げてみると、羊乳チーズならではのすえた匂いがして、青カビが花を散らしたようなロックフォールが顔をのぞかせた。
「おじさまったら」
 ロックフォールの残りが、ずいぶん少なくなっている。
 おじさまはおばさまの買い入れるチーズが好きで、お酒のグラスを手にこっそり地下室へ降り、つまみ食いをしてしまう癖がある。優しいおばさまのこと、きっと見て見ぬふりなのだろう。
 わたしは3種類の青カビチーズをトレイに乗せ、ひとり苦笑しながら厨房に舞い戻った。厨房で待つおばさまの手にあるのは、木皿にガラスの覆いがついたチーズ・ドーム。この店では、食後のチーズは個々に盛りつけず、チーズ・ドームに大きなかたまりで載せてゲストに見せ、好みの品を選んでもらうスタイルを取っている。おばさまはチーズ・ドームに3種類のチーズを載せ、わたしにチーズ用の受け皿を持たせると、ついていらっしゃいと合図をしてダイニングへ出た。
 3種類の青カビチーズは、乳白色のなかに深緑色のかけらがところどころに散らばっていて、青菜を混ぜ込んだパテのように見える。チーズの受け皿の端には数粒のラズベリーが葉っぱのまま飾られていて、簡単だけれどかわいらしいアクセントになっていた。
「ああ、ワインの仕上げが来たわ」
 そんななか、チーズを出迎えるように、百合子さまが軽くグラスを掲げる。ダイニングでは、ヴィアンドを終えたお客さまたちが、ミネラル・ウォーターで口をすすぎながらチーズの登場を待っていた。グラスには、ヴィアンドのときにお出ししたブルゴーニュの赤が少しずつ残っている。きっと、チーズのために取っておいたのだろう。

 

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