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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース <デセール>

   

「それはまた、変わったお話ですね」
「果てなし話というやつですな」
「きっと大蛇の呪いよ」

妖食フルコース
 ~第8章:デセール~

Illustration:Dite

 

◆デセール◆
《ムース・オ・グリオット》
 ~グリオットのムース、桜とホワイトチョコレート添え~

 食事の終わりに食べるデザートは、
 美しい花火のようなもの。(モーリス・ド・タレーラン)

 メインの鴨を片付け、ローヌのしっかりしたタッチの赤でチーズを楽しむと、ちょうど腹八分目のラインを越したような按配になった。あれだけ飲み食いしたというのに、私の胃袋には、デザートと食後酒の余裕があるらしい。
 宮田をはじめとする同席の顔ぶれは、なかなかの健啖家で、最年少のさやか嬢にしても、出されたものを残すなどという無作法は行わなかった。酒こそ飲まなかったものの、チーズも小さめのひと切れを頼んで楽しんでいる。だが、心のほうは指につまんだチーズを通り越して、早くもデザートに向かっているようだった。
 聞くところによると、角野シェフは「創作西洋懐石」で高い評価を得ているようだったが、今夜のディナーはクラシカルなフレンチのフルコースだった。デザートの前にチーズが出てくるのだから、本場さながらの正統派である。おおかたのフルコースではチーズは省略されがちで、その後のデザートや小菓子のほうに力が入っている。最近はメインまでを軽めにして、ドリンク類やデザートはバイキング形式にするタイプも人気を集めているらしい。さやか嬢には、そうしたディナーのほうが嬉しいのかもしれない。
 私はどちらか一方をと言われたら、迷わずチーズを選ぶだろう。
 食べやすさから言ってもイタリア産のセミ・ハードが好きなのだが、フランス産の白カビや青カビも捨てがたい。妻も私につられてチーズにはまってきたらしく、最近は子供を寝かしつけたあとで、2人でチーズとワインの夜食を楽しむこともあった。
 ともあれ、メインで残ったワインにチーズがあれば、それで十分、晩餐の余韻を楽しむことができる。それこそが、チーズの妙味ではないかと思うほどだ。しかもそれが、艶麗な美女の選んだチーズとなれば――さっき肉料理の終わりにシェフが挨拶に出てきたとき、チーズは鑑評騎士の称号を持つマダムが選ぶという話だったため、私は心を弾ませてしまったのである。
 やがて期待のうちに供されたのは、3種類の青カビのチーズだった。フランス西南地方産のロックフォールは、「チーズの王」とも呼ばれる、世界三大青カビチーズのひとつである。青カビタイプは、見た目こそ大理石を彷彿とさせて美しいが、匂いや酸味が苦手で避けて通るひとも多い。だがそれではもったいないというものだ。
 舌がしびれるような、刺激的な辛みと酸味。
 美しさのなかに強烈な個性を宿したロックフォールは、あたかもマダムの内面をうかがわせるようなチーズだった。
「うーん、さすがにちょっと酔ってきたかな。佐久間くんは?」
「ええ、だいぶまわってきましたよ」
「うんうん、今日はイイのをたくさん飲んだよねぇ」
 数十年来の美食でおよそ日本人らしからぬ風貌になってしまった宮田が、「それもこーんなキレイどころと一緒にさ」と世辞を言って、にこやかに笑う。無論、美女が同席してくれればそれに越したことはないのだろうが、美味い食いものさえ口に入っていれば、この男はいつだって上機嫌なのだ。

 

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