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妖食フルコース <ディジェスティフ>

   

「お疲れになった?」
「いいえ。その、少しばかり、酔ってしまったようで――――」
「フフッ、わたしも少し、酔っているわ」

妖食フルコース
 ~第10章:ディジェスティフ~

Illustration:まめゆか

 

◆ディジェスティフ◆
《カルヴァドス》
 ~極上の林檎のブランデー~

 夜の話には、バターが入っている。
 だから夜が明けると、溶けてなくなる。(エジプトの諺)

 最後に濃厚なエスプレッソで口内と胃袋を整えて、今夜の饗宴が終わった。シルバーや位置皿も下げられてすっきりしたテーブルに、今は食後酒のグラスと小菓子のプレートだけが並んでいる。
 全館禁煙ならば仕方ないが、喫煙席なら、通常は食後のドリンクあたりから喫煙が許される。だが、女性陣はもとより宮田も梅澤画伯も吸わない性質のようなので、私はなんとなく灰皿を頼めないでいた。煙草は最大の悪癖と心得てはいるのだが、美味い酒を飲むとどうしても、1本欲しくなってしまう。
 とは言え、解散まで我慢できないわけではない。
 吸わない人にとっては煙草の煙ほど苦になるものはないのだし、何よりさやか嬢のような子供が同席しているのだから、やはりこの場は控えておくべきだろう。私は意識を煙草から遠ざけるために、ブランデー・グラスをまた少し傾けた。
 食後酒として供されたのは、良質のリンゴを発酵させてから蒸留し、さらに熟成させて作ったブランデー「カルヴァドス」だった。デザートワインで済ますのだろうと思っていたら、予想以上に高価なブランデーやリキュールを積んだワゴンが出てきて、驚いた。
 カルヴァドスにコニャック、グラッパ、グラン・マニエ、そしてアマレット。マダムのおすすめはカルヴァドスだったため、全員がカルヴァドスを注いでもらった。カルヴァドスはアルコールの高さにも関わらず甘口で喉越しも軽く、何よりリンゴの豊潤な香りが素晴らしい。
 私たちは飴色のグラスを傾け、梅澤画伯の芸術談義を肴に、ひとしきり談笑した。さやか嬢だけは、食後酒の代わりに小さなグラスデザートをサービスしてもらっている。例の、パティシエールでもあるギャルソン嬢が即興で作ったのか、リンゴのコンポートらしきものにアイスクリームやホイップクリームを添えた、ちょっとしたパフェ仕立てになっているのが可愛らしかった。
「さて、そろそろ散会ですかな。酒の勢いに任せて、少々しゃべりすぎましたわい」
「いいえ、とても勉強になりましたわ、先生」
 応えるのは百合子女史である。
 会話から察するに、女史もエレーヌ夫人や梅澤画伯に負けず、芸術に関してはだいぶ造詣が深いようだった。
「そういえば、また個展の準備をなさっていらっしゃるとか」
「ほんと? だったら、さやか絶対に行くわ。さやかね、おじいちゃまの絵、大好きなの。まるで夜の湖の底から、世界を眺めているみたいで」
「ほっほ、嬢ちゃんにそう言って頂けるとは。イヤハヤ長生きした甲斐がありましたて」
「じゃあ、今度、絵のモデルさんにして下さる?」
「おお、嬢ちゃんさえよろしければ、いつでも小生のアトリエへ」
 2人の様子を笑って見守りながら、宮田がダイニングの片隅に控えていたギャルソン嬢に合図をする。彼女は小さく会釈をすると、いったん厨房へ消え、やがて勘定書きの入った細長い銀のトレイを捧げてやってきた。
「ホテルまでちょっと距離があるから、いつも通り、タクシーと代行車を呼んでもらうからね。20分くらいで来るだろうから」
 伝票の確認を済ませて、宮田が言う。
 食後酒のグラスもそろそろからになっていて、帰り支度を始めるのにちょうど良かった。
「宮田さん、今夜の会費なんですが」
 小声で宮田に呼びかけて、私は用意してきた封筒をテーブルの下からそっと差し出した。すると宮田は封筒を押し止め、「今夜はいいから」と手を振った。

 

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