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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

プラチナ・フィンガー〜官能小説家を見つけたら〜<2>

   

イバル。それは、うまくすれば、お互いが磨き合う存在なのだが、歯車が狂うと憎悪から殺意まで抱かせてしまう存在なのだ。

 

 森川紗智子は、じっとエディタの画面を見た。
 見ているだけである。
 何も書けないのだ。
 一行も書けない、これほど小説家にとって恐ろしいことはない。

 そもそも森川紗智子が立花薫というペンネームで官能小説を書き始めたのは、かなり偶然が作用している。
 看護師として森川紗智子が勤務していた病院へ、三猿出版の編集長が足を骨折して入院して来たのだ。
 骨折なので、歩けないこと以外は元気なのである。
 実際、編集部員たちが頻繁に病室を訪れて、割付や校正を行い、編集長も大声で指示を出していた。
 森川紗智子が、他の患者さんの迷惑になるから控えて欲しい、と注意したほどであった。
 三猿出版はアダルト関係の大手出版社であった。
 編集長は森川紗智子に声をかけた。
「看護婦さん、ひとつ、小説を書いてみないか?」
「私に出来るかしら……」
 森川紗智子の心が動いた。
 看護師は人を助けるのが仕事だが、その分、死も多く見ることになる。
 金沢の恋人を失って以来、森川紗智子は死を身近に感じていた。
 そして病院勤務で多くの死を見続けたのだ。
「もう人の死を見たくない。もっと人を喜ばせる仕事をしたい……」
 このように考えたのも無理からぬことであろう。
 死よりも生、生きることの根元の性。
 性を扱った小説を書いてみよう。
 森川紗智子は、自分の体験を元にして、百枚の官能小説を書き上げた。
 編集長の本音は、若くて美人の看護師に近づく口実として、小説を書いてみないか、と言ったのであった。
 しかしながら、森川紗智子の原稿を一読すると、それは、プロの目に適うものであった。
 むろん技術的には稚拙な所があったので、編集長がいろいろとアドバイスを行った。
 そして完成した『豊満女学生と淫乱教授』が雑誌に載り、女流官能作家・立花薫が誕生した。

 

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