幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ラブストーリー

リング

   

急遽リテイクを出されたプレゼンの資料。
最後のつめを、ひとり、ひたすらにこなしていく、桜子にかけられた声。
一度は結婚まで約束した、仁志の声。
いろいろあって、破談になった関係を、再び構築しようとする仁志に、ほだされてはならないと思いながらも。
予想外の仁志の言葉に、桜子はただ、是とすることしか、できなかった。

 

 カタ、カタ、カタタタタ……
 パソコンのモニタを、親の仇とばかりに睨みつけ、ハイスピードなブラインドタッチで、キーボードを操る彼女、一ノ瀬桜子(いちのせさくらこ)の背中は、何者をも拒んでいるように見える。
 就業時間を、大幅に過ぎている為にか、ひっつめにした髪は、かすかに乱れ、おくれ毛が白いスーツに、はりついている。
 このご時世、経費削減は、エコロジーという、大義名分までをも与えられて、幅を利かせ、まるで新興宗教の呪文のように、どこでも叫ばれ、オフィスの灯りは、桜子の周囲のみ、青白い蛍光灯が灯され、オレンジ色の常夜灯の灯された世界の中で、奇妙に浮かび上がっていた。
 3日後に行われる、プレゼンの資料。
 3ヶ月前から企画を練り、やっと出来上がって、上層部に提出したのが、2週間前。
 そして今日になって、リテイクとなって、差し戻された。
 なんということ……!!
 それでも、雇われの身としては、上層部の我侭だか、気まぐれだかに、黙って付き合うしかないのだ。
 そうして、やるしかないのだ。
 22時35分
 あらゆる部署や、関係各所に連絡を入れ、頭を、まるで投げ売りバーゲンのように、下げに下げて、無理を言って、変更箇所を修正して……。
 この1日で、1ヶ月分くらい、働いた気がしてならない。
 そんな、ハードスケジュール。
 最後の資料製作は、この企画を持ち込んだ、桜子が請け負ったが、ほんの1時間前までは、チーム全員が、サービス残業に従事していたのだ。
 だからこそ、このプレゼンを、必ず成功させたい。
 その一心だけで、桜子はひとり、ドライアイ用目薬を脇に、モニタを睨みつけ、資料製作に没頭していた。
 その為に桜子は、侵入者の存在に気づかなかった。

 

-ラブストーリー


コメントを残す

おすすめ作品