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SF・ファンタジー・ホラー

妖豚場の真珠 <仕入>

   

「それにさやか、信じてますから」
「あら。何を?」
「お姉さまを」

妖豚場の真珠 ~仕入~

Illustration:Dite

 

 おばあさんは、ゲルダの髪を金の櫛でとかしました。
 すると、ゲルダは家のことを、すっかり忘れてしまいました。

【雪の女王】

 目覚めは、今日も真っ白い絹のシーツの上。
 レースのカーテンを通して入ってくる柔らかな朝日、車の走る音ひとつない、静かな、静かすぎる午前7時。あたしは仰向けに寝そべったまま、天井に向けてまっすぐに両腕を伸ばしてみた。明るい光が踊る空間を支えるように、そっと指を開いて、そのままポーズ。
「良かった。今日もキレイ」
 こうやって起き抜けに両手を眺めるのは、肌のコンディションを確認するためだった。昨日より、ほんの少しだけど、また色が白くなっている。まるでベールをはぐように、毎日確実にくすみが取れて、今はもう色黒で毛深かった昔の自分の手とは似ても似つかない。
 なめらかで、みずみずしくて、きめ細やかなミルク色の素肌。
 爪だってほら、何もしなくても桜貝みたいなピンク色。
「さ、今日も頑張ってお手入れしよっと♪」
 気合いを入れて体を起こすのと同時に、お姉さまが目覚し代わりにセットした曲がゆるやかに流れはじめた。もうすっかり覚えてしまったそのメロディを、軽く口ずさみながら広いベッドから抜け出して、サイドテーブルに引っ掛かっていたシルクのキャミソールを掴む。それを頭から無造作にかぶると、肌の上をスルスルッと滑り降りて、瞬く間におへそまで届いた。
 シルクの、この無抵抗な感触と柔らかな光沢がたまらない。
 あたしがそう言ったら、お姉さまは寝室にあるものすべて、それこそシーツから下着まで全部シルクのものに替えてくれた。
 お姉さま。
 あたしの生殺与奪権を握るひと。
 二の腕から鎖骨まで、かすかに残るキスマークをたどって指先を走らせる。お姉さまと初めて一緒の夜を過ごしたあと、「キスマークって口紅でつくんだと思ってた」って言ったら、お姉さまはおかしそうに笑って、あたしの首筋にあのきれいなくちびるを押しつけてきたんだっけ。
 そんなことを考えながら、レースのカーテンを開けて窓の外を眺める。ここは都内の超高級マンションの最上階、窓から見える風景の8割が、穏やかな春の青空だった。
 あたしがここに連れて来られたのは、いつのことだったかな。
 もうだいぶ前のことだから、良くわからない。別に思い出せなくたっていいんだけど、とにかく実家へは、もう何年も帰っていない。帰りたいとも思わないし、大体、帰る道順からして忘れちゃった。親の顔だって、なんだか最近すごくおぼろげで。
 でもいいや、今はここがあたしの居場所なんだもの。
 あんなつまんない家で暮らすより、ここでお姉さまと一緒にいるほうがダンゼンいい。
「でも、たぶん…………」
 あたしは、クローゼットの隣にある大きな鏡に手をついて、そこに映る自分の顔をじっと見つめた。
「たぶん、7年くらい前……だよね」
 たぶんあたしは、7年くらい前に、ここにさらわれてきた。
 ううん、さらわれたんじゃない。さらってもらったんだと思う。
 昔から、父親も母親も、母親に似て美人な妹も大っキライで。
 子供の頃のあたしはいつも、誰かにさらわれたいと思っていた。誘拐されたいって、本気で思っていた。でも、誘拐するほうにも、ターゲットを選ぶ権利があるわけだしね。結局のところ、あたしに声をかけてくれたのは、お姉さまだったわけだけど。

 

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