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SF・ファンタジー・ホラー

妖豚場の真珠 <肥育>

   

「あなたに『しるし』をつけましょうか」
「しるし?」
「そう。とびきりステキな首輪をつけてあげる」

妖豚場の真珠 ~肥育~

Illustration:まめゆか

 

 それは深い泉の底に隠れている、恐ろしい魔女の力でした。
 この泉の魔女は、人間が来るのをずっと待っていたのです。

【水の魔女】

「さあ、召し上がれ」
 いつの日からか――1日に、たぶん2回の食事のうち、ブラウンシチューが出る時間は、お姉さまが付きっきりであたしの世話をするようになった。出される食べ物はいつもいつも決まっていて、具だくさんのブラウンシチューか、ブラウンシチューと同じ味のするピラフみたいなものだった。
 最初はちゃんと添えられてあったカトラリー類が、いつの間にかなくなって、ブラウンシチューのときは、あたしは指先ひとつ動かすことなく、ただただ口を開けるだけになった。そうすると、お姉さまがあたしの口もとまでスプーンを運び、シチューを滑り込ませていく。茶褐色のピラフのときは、フードボウルに盛られたそれを、手づかみで食べるしかなかった。食事じゃなくて、まるっきり動物のエサだった。
「お味はいかが?」
 お姉さまが世話をしてくれるときのあたしは、まるで「ままごと遊び」の赤ちゃん役だった。あたしに食べさせるお姉さま、お姉さまからひたすら食べさせてもらうあたし。もう嫌だと思っても役割交代なんか絶対になくて、あたしはお姉さまからあてがわれたものを、従順に飲み込んでいくしかなかった。
 そうやって養われるたびに、あたしをかたち作るひとつひとつが、あたしの手から離れてお姉さまのものになっていく。そんな気がした。
「美味しいでしょう? フフ、そうよ、美味しくないわけがないわ。あなたのために作ったんですもの」
 物事をうまく考えられない頭のなかに、お姉さまの声だけが響く。無理やり食べさせられて、それを吐こうと思ったのにうまく吐けなかったときの疲労感はハンパじゃなかった。
 吐き気はこんなにひどいのに、エサを受け入れた内臓ごと吐き出したいくらいなのに、あたしはもう吐くことができなくなっていた。お姉さまから与えられるエサを、体が求めるようになっていたからだった。
「最後のひと口よ。どうぞ、召し上がれ」
 口を開ける。
 お姉さまの作ったものが、あたしのなかに入り込む。
 落ち着かない。気持ち悪い。
 それなのに、お姉さまがあたしのためだけに作ってくれたんだと思うと、なんとなく、嬉しいような気がした。
「今日も残さず、吐かずに食べたわね」
「は、い」
「えらいわ」
 お姉さまの手が、あたしの髪を、頬をなでる。
 気持ち――良かった。
「お洋服もアクセサリーも、体の外につけるものは取り替えがきくけれど」
 お姉さまは歌うように言うと、左の人差し指をスッとのばして、あたしのくちびるにふれた。
「口から体のなかに入ったものは、取り替えがきかないの。たとえ吐いたとしても、一度入ったら二度と取れないのよ」
「にど、と…………?」
「そう、二度と。そうしてあなたの体に深く深く染み込んで、やがて血となり肉となっていくの。いいえ、もうずいぶん、なってしまったわね」
 お姉さまはクスクスと笑うと、またあたしの髪と頬にふれ、耳にふれた。そこからゆっくり、まるで愛撫でもするかのように首筋をなぞり、肉付きを確かめるかのように肩をなでた。
「そろそろ、この部屋から出してあげましょうか」
 体重計に乗ってみたわけじゃないけど、一時期、枯れ枝みたいになっていた指はある程度の太さに戻っていた。あたしの体は、お姉さまが差し出したものを受け入れてしまったのだ。ガリガリになった体がもとに戻ったのが、何よりの証拠だった。
 でも、エサでおなかが満たされるたびに何かが確実になくなって、どこもかしこもからっぽになっちゃったような気がする。「ガワ」はあたしかもしれないけど、大事にするべきだったものはひとつ残らずなくなって、もう「あたし」じゃないみたい。

 

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