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ラブストーリー

LOTUS 〜Start Your Engine〜 <前>

   

「今日はこのひとの撮影だったんだ。6月号のスポーツカジュアル特集、このひとをメインにするんだって」
『あら、ステキ。ほんとだわ、なかなかの美人さんね!』

LOTUS』 ―真理×日向子―
≪光輝*高等部2年生*4月≫

Illustration:Dite

 

 世界が広がるってステキなことね。
 お仕事の話をしてるとき、目がキラキラしてるもの。
 そういうときのアンタって、なんとなく、イイと思うわv

 小さな翼をパタリと動かして、シナモン文鳥のベルンことベルンシュタインは、つかのまの眠りから覚めた。概して夢というものはイイところで強制終了するものなのか、ほんの今しがたまでそこにあった愛しいひとの面影は、跡形もなく消え失せていた。
(オネエサマ…………)
 ベルンはその小さな胸の内で愛しいひとに呼びかけると、目尻に浮かんだ涙の粒を、肩口でそっと押さえた。
(みんなの代表になったのはイイけど、オネエサマに会えないのがこんなにツライなんて思わなかった。あのコたちもキライじゃないけど、オネエサマには替えられないわッ)
 まだ電灯のつかない真っ暗な部屋の片隅から、そっと夜空を見上げて、ベルンは盛大にため息をついた。だが、窓から見える夜空はとても狭く小さく、切ないため息はすぐそばの線路を駆け抜けていく電車の音にかき消されてしまう。都心にも関わらず安いだけあって、真理が選んだアパートは、お世辞にも「住み心地の良い部屋」とは言えなかった。
(んもう、この電車の音が朝から晩までやかましいったら! ずいぶん慣れたけど、たまーにアタシの上品なお耳にさわるのよね)
 真理とベルンが同居生活をスタートさせたこのアパートは、木造2階建ての、いわゆる昔ながらの単身者用アパートだった。セキュリティと言えば個々のドアに取り付けられた鍵ひとつ、大家夫婦は日に何度も見回りをしてくれるが、アパート全体に漂う昭和レトロ感は否めない。それもそのはず、このアパートはイマドキちょっと流行らない、和室6畳のこぢんまりとした1Kだった。
 だが、第一条件だった「ペット可」をクリアしている上に、駅やコンビニはすぐ近く、お散歩圏内には各種テナント入りのちょっとしたショッピングセンターまであるのだから、決して悪い物件ではない。高校時代は規則の厳しいカトリック女子高の寄宿舎で寝起きしていた真理には、これで十分なのである。
 しかも真理は、この年頃の女の子である割には、あまりこまごまとしたモノを集めたがらない。その上、フンパツして買った大きめのラグマットと日向子の手作りカーテンが、部屋をこざっぱりと見せてくれる。窓辺のローチェストに置かれた角型ケージが定位置となったベルンも、真理とシェアするこの202号室自体に、大きな文句はなかった。
(いいわよ、電車の音くらい、いっくらでもガマンしてやるわよ。だからカミサマ、お願いです。アタシのミッションが終わるまで、愛するオネエサマに、せめてヘンな虫がつきませんようにッ)
 そんな祈りを捧げたところで、ベルンはケージの網目にパッと飛びついた。暗闇のなか、鳥目を精一杯にこらして、真理のベッドサイドにあるデジタル時計に目をやる。真理の帰りが遅いと思ったら、すでに午後10時半を過ぎていた。
『えっと……10時半? アラやだ、もう10時半じゃないの。マリったら遅いわね。ドコで道草食ってるのかしらッ』
 ちょっぴりの苛立ちと共につぶやく言葉は、無論「人間の言葉」にはならず、文鳥らしい囀りにしかならない。ベルンはケージの網目に引っ付いたまま、電車の時刻表を頭のなかでたどってみた。
『今の電車は上りのハズだから、次の下りは20分後だったわよね。社会人になってまだ半月のクセに、もう残業三昧なのかしら。ま、今日は少し遅くなるって言ってたみたいだけど』

 

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