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歴史・時代

東京探偵小町 番外編 〜一寸小町〜 <2>

   

「時に嬢ちゃんは、この春で幾つになりなさった」
「いくつ?」
「そう、歳が幾つになったかと思ってな」
「わかりません。おじさま、あたし、幾つなんでしょう」

Illustration:まめゆか

 

 どこをどう走ったものか――ふと気がつくと、一寸小町は広い野原に出ていました。とにもかくにも、あの絵描きの少年から逃げることだけを考えていた一寸小町は、ただ闇雲に走っていたのです。
「ここ、どこなのかしらん」
 陽はもう西のかたへと沈みはじめ、晩秋の冷たい風が一寸小町に吹きつけます。一寸小町は、自分の肩を両手でさすりました。母親が仕立ててくれた長袖のワンピース一枚では、さすがに寒さがこたえるのです。一寸小町はチカチカと星の瞬きはじめた夜空を見上げ、やがてそこから、たくさんの白いものが落ちてくるのに気付きました。
「なあに、これ」
 差し出した両手の上に、大きな真綿の塊のようなものが落ちてきます。それは驚くほど冷たく、一寸小町は、ぶるっと身を振るわせました。こんなに冷たいものが、あとからあとから降ってきたのでは、とてもじっとしてなどいられません。けれど、一体どちらへ向かって歩けば家に帰り着くのか、それすらもわからないのです。
 一寸小町にとって、これまで「外」というのは、自宅の庭のことでした。人間にとってはささやかな庭でも、クルミの殻をベッドに眠る一寸小町には、十分に広大な世界だったのです。生垣の向こうには何があるのか、それすらも知らずに育ってきた一寸小町は、初めて見る本当の「外の世界」に、ただただ戸惑うばかりでした。
「父さま、母さま」
 心細さに涙ぐみながら、一寸小町はとぼとぼと歩きはじめました。秋の日はつるべ落としという言葉の通り、あたりはどんどん暗く、寒くなっていきます。そんななか、どうにか野原を抜け出した一寸小町は、今度は大きな道に出ました。
「寒い……お外って、夜になると、こんなに寒いのね」
 家では今頃、両親がどれほど驚き、心配していることでしょう。一寸小町は一歩でも家へ近付くことができるようにと、粉雪の舞う道を歩き出しました。その途中、地面にこんもりとした黄色い丘が現れました。近づいてみると、それは道端に吹き寄せられた銀杏の葉でした。一寸小町は一番きれいな銀杏の葉を拾うと、それを肩掛けのように羽織って、またもや道を歩きはじめました。
 そのときです。
 誰かに呼ばれたような気がして、一寸小町は足を止めました。
「おお、言葉が通じるとはな」
「だあれ?」
「わしか? わしはそこの家の屋根裏に住んどる、クマネズミだ。嬢ちゃんこそ、一体全体、どこの嬢ちゃんだね。ずいぶん見慣れん格好をしとるようだが」
 一寸小町に話しかけたのは、左頬に大きな傷のある、一匹のクマネズミでした。人間の家の天井裏に住むことから「屋根ネズミ」とも呼ばれている、耳の大きなネズミです。人間からはしばしば厄介者扱いされていますが、話しかけられた嬉しさに、一寸小町はここまでに起こったことをすっかり打ち明けました。
「なんとまあ、ひどいことをするお子がいるもんだて」
 わけを聞いたクマネズミは、すっかり同情して、ため息まじりに一寸小町を見つめました。外套代わりに銀杏の葉を羽織っている様子が、いかにも哀れなのです。
「嬢ちゃん、今日はもう遅い。雪まで降ってきおったのに、そんな薄着では寒かろう。良かったら、今夜はわしの家に来んかね」
 一寸小町は迷いましたが、帰る方向すらわからず、寒さはひどくなる一方です。クマネズミの、怖そうな顔つきとは正反対の優しい気遣いも嬉しく、一寸小町は素直に甘えることにしました。

 

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