幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第二十二話「鳥と月橘」 <1>

   

「それ、いつなんでェ」
「はっきりとは。でも、逸見教授が先生の事件を今でも気にかけて下さっている、それだけでもありがたいと思っています」

小説版『東京探偵小町』
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

 玄関の扉を開けるや和豪の声が聞こえ、倫太郎は「ただいま」の言葉を飲み込んだ。時枝の帰宅時間までにはまだ間があり、たたきに来客用の靴がないことから、電話にでも出ているのだろうかと思ったのだが、どうやらそれとは様子が違うようだった。
「和豪くん?」
「懐かしの我が家へと戻った一寸小町は、毎日のように愛娘の行方を尋ねて歩き回り、その無事を祈り続けていた両親と、涙の再会を果たしました――――」
 実家である剣術道場の夜稽古に出るまで、いま少し。
 和豪は事務室の長椅子にだらしなく寝そべって、倫太郎が年明けに関わったという、少女雑誌の別冊付録に目を通していた。何かをするには中途半端な時間を持て余していたところに、去年から倫太郎が世話になっている出版社の編集員が、最新号の献本を持ってきたのである。倫太郎の代わりに受け取った和豪は、そもそもの題名から盛大に毒づきながらも、ふと気付けば素読をする子供のように全文を音読していた。
「――――あの少女探偵には、実は、こんな素敵な秘密があったのですね。おしまい」
 蒼馬の筆による二色刷りの挿絵がふんだんについた、いかにも少女向けの物語を完読するや、和豪は薄い冊子を「くっだらねェ!」と投げ捨てた。
「ちょっと、和豪くん。僕と紫月くんと金子さんの力作を、なにも投げることはないでしょう」
 ただいまを言いそびれたまま事務室に入った倫太郎は、帽子を脱ぐよりも先に、投げ捨てられた小冊子を拾い上げた。
「こんなくっだらねェ、馬鹿みてェなモン書くからだろ」
「馬鹿とはなんです、馬鹿とは。サクラ書房さんの『少女文芸』は、夢見る乙女のための文芸誌なんですよ」
 不満げに言いながら、倫太郎は小冊子の表紙に目を落とし、そこに描かれた花の妖精のような少女を見つめた。
「たまには、こういう」
 だが、それ以上の言葉が続かない。
 小説本文は蒼馬の希望もあって倫太郎が引き受けることになったのだが、題名もあらすじもサクラ書房の編集員である金子が用意していて、倫太郎はそれに肉付けをしていくだけだった。執筆中も、「お嬢さんと紫月くんは、本当にこれを承諾したのだろうか」と、たびたび首を傾げていた倫太郎である。こうして製本されたものを手に取ってもなお、一抹の不安が拭いきれなかった。
 金子によると、女主人公のモデルとなった時枝は、物語の概要を聞いて快諾したらしい。蒼馬は「いま立て込んでるから、何が何枚必要で、どんな場面なのか書き出して」と言って、本文担当の倫太郎とほぼ同時進行で仕上げたのだという。
 要するに蒼馬は、内容をまともに理解しないまま、今回の作業に当たったのだ。そうとなれば、物語の全容は、この献本で知るのだろう。蒼馬がどんな顔をして献本に目を通しているのかと思うと、倫太郎はこめかみのあたりを押さえないわけにはいかなかった。
「…………こういう可愛らしいお話があっても、悪くないと思うんですけどね」
「これのどッこがいいンでェ」
「挿絵が可愛らしいじゃないですか。うちのお嬢さんそっくりで」
 金子の提案により、蒼馬は今回に限って、絵柄をずいぶんと変えている。蒼馬の愛好者は女学生が中心で、『少女文芸』も女学生を対象にしていたのだが、今春から対象年齢を少し引き下げ、尋常小学校に通う少女たちも取り込むことにしたのだという。
 毎号のお楽しみである別冊付録が「おとぎ話」になっているのも、看板作家である蒼馬の画風がやけに幼い雰囲気になっているのも、そうした理由あってのことなのだった。

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第二十二話「鳥と月橘」<全4話> 第1話第2話第3話第4話