幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

プラチナ・フィンガー〜官能小説家を見つけたら〜<4>

   

密室殺人。それに挑戦する探偵は、一見するとさえない中年男であった。だが彼の頭脳はノーベル賞級なのである。そして、凄い美人の助手を連れている。

 

 金沢で一夜が明けた。
 その日、森川紗智子は、金具を修理したバッグを持って、兼六園へ行った。
 十年前の思い出の場所である。
 そして、新しい出発の場所でもあるのだ。
 流行遅れのバッグは、十年前に兼六園を訪れたときに持っていたバッグである。
 思い出の詰まったバッグなので、二度と使うことはせずに、大切にしまっておいたのだ。
 しかし、再出発で金沢に行くなら、このバッグを持って行くしかない、そういう思いで持ってきたのである。
 それが、列車を降りようとして網棚から取り上げたときに、金具が壊れてしまったのだ。
 何とはなく因縁を感じる出来事であった。
 樹木に囲まれた池に沿った道を歩く。
 庭園の景色は昔と変わっていない。
 緑が溢れ、広い池面に映っているのだ。
 情感がこみ上げて来るのを止めようがなかった。
「……榊原……、さん……」
 がっしりした体格。
 短く剃った髪。
 大きい瞳。
 明るい声。
 全てが蘇ってきた。
 あの出会いは、恋に落ちる、というフレーズの本当の意味を知った瞬間であったのだ。
 そして――。
 兼六園を出るまでの間に彼のことを知った。
 旅行が終わるまでの間に彼の身体を受け入れた。
 金沢を去るときに、冬休みの再開を約した。
 だが、二度と逢うことはなかったのだ。
 二度と……。
 森川紗智子は、ベンチに腰を下ろした。
 バッグを抱きしめる。
 うつむいて、そっと泣いた。
「せめてもう一度、逢いたかった……。もう一度だけでいいから……」
 森川紗智子の脇を修学旅行の一団が通り過ぎた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

プラチナ・フィンガー〜官能小説家を見つけたら〜< 第1話第2話第3話第4話第5話第6話第7話第8話第9話

コメントを残す

おすすめ作品