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歴史・時代

東京探偵小町 第二十二話「鳥と月橘」 <3>

   

「展覧会が終わったら。舞扇子にして、春子ちゃんにあげようと思って」
「あら、素敵! それって最高の贈り物だわ!」
「芳川さんの喜ぶ顔が、目に浮かびますわね」

小説版『東京探偵小町
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

「はい、こちら九段……おや、紫月くん」
「あの、こんにちは」
「いらっしゃい。どうぞ、なかへ」
 一応とは言え学校に籍を置きながら、昼前から堂々と尋ねてきた蒼馬を、倫太郎は苦笑交じりに出迎えた。時枝たちが蒼馬を弟分のように扱っているせいか、倫太郎や和豪もまた、蒼馬に同様の親しみを覚えている。そんな気持ちが蒼馬にも伝わりはじめたのだろう、足繁くとまではいかないものの、蒼馬は折にふれては九段坂探偵事務所に顔を出すようになっていた。
「これ、ばあやのおとみさんからなんですけど……皆さんで」
「これは御丁寧に」
 仕立ての良い薄鼠の上着に薄い肩掛け鞄といった出で立ちの蒼馬が、乳母とも言える老女中が持たせた紙袋を差し出す。それをありがたく受け取って、倫太郎は蒼馬を家のなかへと招じ入れた。
「でも、そんなに気を遣わないで下さいね。僕らもお嬢さんたちも、蒼馬くんが元気な顔を見せてくれるだけで嬉しいんですから」
「ありがとう、ございます」
「ああ、もちろん」
 背後からやってきた軽やかな羽音と、肩にかかったわずかな重みに気付いて、倫太郎がクスリと笑う。今やすっかり放し飼いになってしまった青い小鳥は、まるで来客に挨拶でもするかのように倫太郎の肩にとまってひと鳴きすると、すぐに蒼馬の手へと移った。
「青藍も大歓迎だそうですよ」
「久しぶり、青藍」
 怒りっぽく、気難しい少年ではあるのだが、九段坂探偵事務所に集う人々との付き合いが良い影響を与えているのか、こと倫太郎の前では素直になる。そこに自身が名付け親となった小鳥が加わると、笑顔まで見せるようになるのだ。
 そんななか、裏の畑から戻ってきた和豪が顔を見せ、倫太郎の手から紙袋を取り上げた。そしてなかに何が入っているのかと勝手に覗き込むや、ひとつ掴んでその場で頬張った。
「なンだっけな、これ。うめェよな」
「和豪くん、なんですか。紫月くんの前でお行儀の悪い」
「おとみさん、何かあるとすぐにそれを買ってくるんです。栄養があるし、おなかふさぎにちょうどいいからって」
「へェ、いいばあやさんじゃねェか」
 青藍を軽くからかってから、紙袋から取り出した甘食を蒼馬にも手渡す。断るかと思いきや、時枝たちがいない気安さも手伝って、蒼馬は素直に受け取った。つまりはこの食の細い少年の、数少ない好物なのだろう。
「タジ吉なんざ、土産どころか手ぶらでメシ食いに来るってのにな。倫太郎、茶ァいれてくれ」
「わかりましたから、二人とも応接室へ。玄関先で立ち食いなんて、和豪くんも紫月くんに変なことを教えるのはやめて下さいよ」
「あ、すみません」
 倫太郎は慌てて謝る蒼馬に「和豪くんは反面教師ですからね」と微笑むと、蒼馬の相手は和豪に任せて台所へ消えた。蒼馬はここを訪れた際の定位置である、壁側の腰掛けに陣取ると、甘食の欠片を手のひらに載せて青藍に分け与えた。
 さすがに私室の集まっている二階へは行ったことがないが、今や倫太郎の書斎代わりでもある事務室と、食堂とひと繋がりになっている応接室には慣れてきた蒼馬である。自身が名付けた小鳥の存在も手伝って、蒼馬もこの空間に親しみを覚えるようになっていた。

 

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