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歴史・時代

東京探偵小町 第二十三話「緋の烙印」 <1>

   

「白い花に戯れる青い小鳥か……悪くない。ただ、いかにも時が惜しいな。史上最年少での帝展入選という、素晴らしい箔がつくのはありがたいのだけれどね」

小説版『東京探偵小町
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

「なるほど。それは是非とも手に入れたいものだな」
「どちらを?」
「無論、並々ならぬ意気込みを見せているという新作のほうを」
 クスリと笑って、御祇島は美しい少年の姿を取らせた愛猫に手を伸ばした。招きに応じて、銀髪の少年が音もなく長椅子に歩み寄り、御祇島の足元に侍る。御祇島は「ニュアージュ」と囁きかけると、忠実な下僕でもある愛猫の髪をサラリとなで、長椅子の肘かけに頬杖をつくや、思案げに眉を寄せた。
「白い花に戯れる青い小鳥か……悪くない。ただ、いかにも時が惜しいな。史上最年少での帝展入選という、素晴らしい箔がつくのはありがたいのだけれどね」
「帝展は十月ですから、まだまだ先ですよね。御主人さま、やはり扇絵のほうになさっては」
「それができれば、わたしも悩んだりはしないよ。だが、かつての教え子の婚礼祝いになる品だと聞かされては、おいそれと手を出すわけにもいかないじゃないか。おまえが入れ上げていた美しい虎猫……お縞姐さんとやらの顔を、曇らせるわけにもいくまい?」
 御祇島は苦笑を浮かべると、まるで手品のように、一枚の紙片を取り出した。
「このカードは無駄になってしまったな。まあいい、注力すべき仕事はほかにある。おまえは引き続き、九段坂の監視を怠らぬよう」
「はい、それはもちろん。でも、そのカードを無駄とお決めになるのは、まだお早いですよ。御主人さまの御命令通り、九段坂に行く前に、その細川とかいう老画伯のお宅を見てきたんですけど」
 何が気に入らないのか、銀髪の少年がどこか拗ねた口ぶりで言う。その視線の先には、少年と同じ銀髪緑眼を持つ青年がいた。
「あの少年画伯、一門の展覧会に出品するのは、春子嬢に贈る小鳥の扇絵だけではないようです。これまでに手掛けてきた雑誌の表紙絵なども、何点か出品なさるとか」
「あの子の得意な、可愛らしい少女絵を?」
「はい。僕が訪ねたとき、ちょうど出版社の人間が、少年画伯の原稿を届けに来たところだったんです。小鳥さんも悪くはありませんけど、コレクションにお加えになるなら、美しい乙女の絵姿のほうが目の保養になるのでは? あの少年画伯、探偵小町に良く似た面差しの少女を描くことも多いようですし」
「おや。わたしはおまえのために、あの小鳥の絵を手に入れようと思っていたのだけれどね。まあいい、おまえの不機嫌の原因は良くわかっているよ。お待ち、もう切れる」
 苦笑交じりに言うのと同時に、御祇島は紙片を小机に投げ、ゆるく波打つ銀色の髪をゆっくりとかきあげた。指先が自身の髪にふれる、そこから髪の色が少しずつ変化していく。煌めく銀色から落ち着いた輝きを放つ亜麻色へ、御祇島本来の髪色へと戻っていくのを見て、その足元に侍るニュアージュがようやく眉を開いた。
「やはり御主人さまは、そうでなくては」
「やれやれ、おまえがそんなに拗ねるとは思わなかったよ。兄弟のように見えて、面白いと思ったのだけれどね」
「面白いものですか。そう見せたいのでしたら、僕のほうを変えてしまえばよろしいのに」
「おまえのその美しい翡翠は、常にその場所に収まっていなくては。まがい物はわたしだけでいい。わたしはいつだって、まがい物だ。この瞳でさえ」
 言いながらまぶたを伏せ、整った指先をつと当てて、何ごとかを羅甸語でつぶやく。やがてまぶたが開かれると、金に近いはしばみ色の瞳が現れた。
「一族そのままの色ではない。曇りと陰りの混じった金だ」
「いいえ。それは御主人さまが、昼を生きるときの色です」
「…………相変わらず面白いことを言うね、おまえは」
「御主人さまは、もともと幾つもの顔をお持ちではありませんか。女学校教師しかり、怪盗紳士しかり……許されて、ひとの生き血を喰らう者しかり」

 

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