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歴史・時代

東京探偵小町 第二十三話「緋の烙印」 <3>

   

「そのお姉さまは、時枝さまを、魔女だとおっしゃったのです」
「魔女?」
「はい。『永原さん、あなたは魔女ね』とおっしゃったのです」

小説版『東京探偵小町
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

「あれは、去年の、六月のことでした」
 みどりが切り出したのは、家令の樋口が、応接室の洋灯にあかりをつけて下がったあとだった。
「その日……五年級の学年総代を務めていらしたお姉さまが、時枝さまにお手紙を下さいました。そこには、『今日の放課後、裏門のそばにある鈴掛けの木の下でお待ちしています』と書かれてあったそうです」
 いつしかみどりは、自分の胸に手を当てていた。
 時枝と離れているときだけでなく、共にいるときでさえも感じている、言葉では言い表せないひとつの「苦しさ」。それにいま改めて向き合いながら、みどりは話を続けた。
「時枝さまはそのとき、お姉さまから、身なりのことでお叱りを頂いたそうです。あのおリボンは、お姉さまが時枝さまの、男の子のようなおぐしを御心配なさって、時枝さまに下さったものなのです」
「そうだったんですか。あのリボンには、そんないわれが」
「はい。そうしたことがあってから、わたくし、気づいてしまいました。お姉さまがいつも、時枝さまをそっと見つめていらっしゃることを。聖園女学院を御卒業なさる日まで、ずっと、そうでした」
「それはまた…………」
 倫太郎がいったん言葉を切ったのは、クスリと笑い出したいのをこらえたせいだろうか。倫太郎はいかにも彼女らしい、繊細な悩みを抱えるみどりを優しく見つめた。
「うちのお嬢さんの袴姿ときたら、いつも徒競争に出るかのような『裾みじか』ですから。面倒見の良い上級生から心配されてしまうのも、無理はなかったのかもしれませんね」
 倫太郎もまた、その卒業生が時枝に対して抱いていた、淡い想いに気付いたのだろう。みどりが慎重に話を進めているのも、みどりこそが、誰よりもその卒業生の気持ちを理解しているからに違いない。それを踏まえて、倫太郎はあえて明るい口調で言ってみせた。
「でも、そうですね。僕から見たらとても微笑ましい……それこそ女学校ならではの、可愛らしい、小さな挿話だと思うのですが」
「そうなのですけれど……でも、違うのです」
「違う、とは?」
「おリボンを下さったお姉さまは、時枝さまを、心からお慕いしていらしたのだと思います。本当に心から、時枝さまともっと仲良く、もっと親しくなれたらと思っていらしたのだと思います。ですからお姉さまは……きっと……待っていたと思うのです。時枝さまが、そのおリボンをして登校なさる日を」
 ここからが本題なのだろうか、みどりが再び表情を曇らせる。
 倫太郎は、少女たちの小さな、けれど少女たちにとってはそれが「すべて」となる世界で起こったらしい事件に、静かに耳を傾けることにした。
「お姉さまからおリボンを頂いたとき、時枝さまは、御自分の短い髪には似合わないとおっしゃったのです。そうして、わたくしに下さるような素振りを……ですからわたくし、こう申し上げました。無理に髪留めになさらなくとも、たとえば、小物や花瓶などの飾りになさっては、と」
「なるほど」
「五年級になるまで、わたくしは、お姉さまは時枝さまをそっと見守って下さっているのだと思っておりました。でも、本当はそうではなく……お姉さまは、時枝さまが頂いたおリボンをなさって登校なさる日を、ずっと待ち続けていらしたのです。いいえ、今となっては、もう待ちくたびれてしまったのかもしれません」
「今も、ですか? でも、そのかたは卒業なさったんですよね」
 うなずいて、みどりは、その上級生が毎朝の弥撒に出席していることを告げた。聖園女学院の聖堂で行われている朝と主日の弥撒は、生徒だけでなく、卒業生もあずかることができるのだという。朝の弥撒は七時半からで、ちょうど弥撒の終わる頃が、時枝やみどりの登校時間なのだった。

 

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