幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第二十四話「生命の灯」 <3>

   

(渡さない。蒼馬くんは、絶対に渡さない)
 時枝は、蒼馬を強く強く抱き締めた。
 悪魔か死神が、蒼馬を呼んでいるような気がする。

小説版『東京探偵小町
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

 九段下からの電車が市ヶ谷見附の停車場に停まったのは、時枝が青慧中学校の正門前に立った数分後だった。電車を降りた和豪は、愛用の木刀を肩に、月のない晩の夜道を見渡した。
 大通りのみにぽつぽつと立つ瓦斯燈が、あたりを薄ぼんやりと照らし出している。和豪は割合に夜目の効くほうであるが、実家の剣術道場がもっと辺鄙な場所にあったならば、夜毎の出稽古に角灯が欠かせなかったに違いない。日本橋茅場町から九段下まで、宮城の堀端沿いに歩いて行けるからこそ、瓦斯燈の恩恵にあずかることができるのである。
 中六番町を挟んでの、麹町五と市ヶ谷見附の停車場を繋ぐ通りもかなり広いため、ここにも数は少ないものの瓦斯燈が立っている。和豪は時枝たちが道の先から歩いて来ないかと目を凝らしつつ、夜道を急いだ。
「ったく、大将もチビ師匠も停車場にいやしねェ。どッこで遊んでやがるんでェ」
 市ヶ谷見附の停車場に時枝たちの姿はなく、ここまでの道ですれ違うこともなかったため、和豪は苛立ちはじめていた。これが昼間ならさほどの心配はないものの、夜の八時過ぎとなると話が違ってくる。ついさっきも倫太郎に言った通り、時枝は女であり、蒼馬はまだ子供である。しかも双方とも子柄が良いだけに、かどわかしにでも遭ったらと考えはじめると、きりがないのだった。
「へェ、ここか。いいとこのボンが通う学校ってのは、やっぱ見てくれからして違わァ」
 アーク燈に照らし出された正門の前に立った和豪が、想像以上に立派な学び舎に「ヒュウ」と口笛を吹く。なるほど帝大教授が弟を通わせるわけだと、背伸びをして通用口の向こうを覗いたところで、和豪は自分の名を呼ぶ声に気づいた。
「おーい。おーい、滝本くーん!」
「柏田のお兄ィさんじゃねェか。なんだってまた、こんなとこに」
「実はさっき、事務所にお邪魔しようとしたところで、時枝さんに行き会ったんですよ」
 和豪の隣に駆け寄った柏田が、どこか照れたように言う。
 そうして、ここまでの経緯を語って聞かせた。
「まあ、そんなわけで、はばかりながら運転手役を」
「運転手ゥ?」
 そう言われて初めて、校門から少し離れた場所に停めてある、黒塗りの箱型自動車に気づく。柏田は「先日、やっと乙種免許を取ったんですよ」と笑った。
「道源寺警部から、夜道の練習をしておくように言われたんです。いい機会ですから、皆さんを乗せて宮城の外堀を一周してみようかと」
「で、大将は」
「学校の小使いさんに案内されて、十分ほど前でしょうか、なかに入って行きました」
「だったら、さっさと出て来いってンだ」
 肩をすくめる和豪の隣に立って、柏田も校内の様子をうかがう。だが、蒼馬や時枝が出てくるような気配はなく、柏田は手持無沙汰を紛らわすかのように、リヒトの話題を出した。
 柏田もまた倫太郎と同じく、逸見が警視庁を訪れた際に、リヒトのために出来ることはないかと申し出ていた。横濱泊でリヒトの苦しい胸の内を知った柏田は、なんとかしてやりたいと思いつつも、やはり逸見から拒絶され、成す術を失ってしまったのだった。
「倫太郎にも言ってやったけどよ、他人がどうこう言ってみたって始まらねェこともあるからな」
「そうですね。あの少年に関しては、努めて気に掛けてやるくらいのことしか、できないのかもしれません。ああ、少年と言えば」
「なんでェ」

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第二十四話「生命の灯」<全4話> 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品