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歴史・時代

東京探偵小町 第二十四話「生命の灯」 <4>

   

「その闘志は見上げたものだが、わたしのジルフェは、小さくとも手ごわいよ」
「どうします? 小鳥さん」

小説版『東京探偵小町
第七部 ―灯燭編―

Illustration:Dite

 

 上がった息を整え、和豪は自身と魔犬の血に濡れた木刀を、再度握り直した。
「クソッ、バケモンかよ!」
 木刀による殴打では効かないのか、どれほど強く撃ち込んでも、魔犬は再び立ち上がって襲いかかってくる。消耗戦の様相を呈するなか、和豪は髪の結い紐を解くと、柄糸代わりに木刀の柄に巻き付けた。こうでもしなければ、硝子片に切り裂かれた手のひらの血で、柄が滑って仕方がなかった。
「次で仕舞いだ。おめェが俺の首っ玉に喰らいつくのと、俺がその脳天叩き割るのと」
 木刀の切っ先を魔犬に向け、和豪が大きく息を吸う。
 満身創痍の和豪の怪我のほとんどは、魔犬による噛み傷ではなく、板敷きの廊下に散らばった硝子片によるものだった。膝をつくたび、もみあって倒れるたびに、硝子片が和豪の身に突き刺さっていく。廊下の隅に倒れていた青い小鳥は、意識を取り戻すや激闘を続ける和豪をなんとか救おうと立ち上がろうとしたが、今や翼の先を動かすことすらできなくなっていた。
「どっちが早ェか勝負しなッ!!」
 言われるまでもないと、魔犬が和豪の喉首を目掛けて飛び掛かってくる。和豪は低く構えて魔犬を顎から跳ね上げると、この一撃で仕留めようとも渾身の力を振り絞って木刀を振り下ろし、確かな手応えを感じた。
「うあああああッッッ」
 闇に響き渡る魔犬の叫びに、和豪の体がビクリと震える。
 それは今までの咆哮とはまったく異なる、まるで人間の――少年の悲鳴のようで、和豪が思わず後じさったときだった。
「剣士くん。その犬に、普通の木刀は効かないよ」
「誰だッ」
 床でのたうちまわる魔犬の様子をうかがいつつ、和豪は背後に素早く目をやった。やがて廊下の向こう、階段を行き過ぎた暗闇の奥から、ゆっくりとした靴音が近づいてきた。
「たった一年でわたしの声を忘れるとは。どうやら君の頭は、ただの飾りものらしい」
「てンめェ……アヴェルス!」
 まさかこんな場所に宿敵・怪盗アヴェルスが現れるとは思わず、和豪が耳を疑う。油断なく木刀を構え、目を凝らして闇を見つめるものの、靴音は廊下の途中で止まり、アヴェルスは闇のただなかに留まったまま姿を見せなかった。
「今夜はこれを、小町くんに届けようと思っていたのだが」
 ヒュッと空を切るようにして、和豪の足元に一枚の紙片が落ちる。それはアヴェルスが犯行予告に使っている、名入りのカードだった。硝子片に気をつけて拾い上げ、和豪が再び闇の奥をにらむと、瞬間、アヴェルスの双の瞳がチカリと光った。
「獲物が出来もしないうちから、制作者に死なれては困るのでね。小町くんの救出が間に合うかどうか、見物に来たのだよ」
 怪盗アヴェルスこと御祇島がこの場にやってきたのは、使い魔のニュアージュから、「探偵小町と小鳥さんが見当たりません」という、気にかかる連絡を受けたからだった。

 主人たる御祇島から、九段坂探偵事務所の監視を怠らぬようにと言われていたニュアージュは、ちょうど和豪が時枝を追って停車場に向かった直後に、探偵事務所の裏庭に入っていた。だが、とうに灯ともし頃は過ぎているのに、家のなかが妙に暗い。普段なら、時枝が和豪の帰宅前に宿題を済ませてしまおうと、机に向かっている時間である。しかも今夜からは、蒼馬が帝展出品作の下絵を描くために、数日ほど居候をするのだ。
 それにも関わらず、どの窓も妙に暗く人気がないのを不審に思いながら、ニュアージュが時枝の部屋へと続く露台に飛び乗ったときだった。

 

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