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ノンジャンル

約束の地

   

ある夏の日の出来事。
他愛無い『約束』が、思いがけない重みを持ったものへと変化する。
果たされることのないものなら、なおさら。

 

「今度気晴らしに、皆で出掛けようって話が持ち上がってるんやけど、君もどうやろう?」
 陸上短距離走に全てを費やした高校生活最後の夏休み。全国大会を目の前に惜しくもそれを逃した仁科郡司が何をするでもなく、まとまった休みを過ごしている時、幼馴染みの戸塚亮平から電話が掛かってきた。
「どこに行くんだ?」
 抑揚のない声。元々感情を露にする方ではなかった郡司だったが、ある日を境にそれは益々凍て付いてしまった。
「泊まりで和歌山の加太海岸に行こう言う話なんやけど」
 和歌山県加太海岸。郡司は小さく呟いて、目を伏せる。
「あの辺りは他にも遊ぶところがあるし……どうやろう?」
 様子を伺う亮平の心中は、郡司が受けてくれることを願っている。しかし、
「悪い、亮。俺はやめておくよ。ごめんな」
 一方的に断わりを入れて、郡司は電話を切った。電話を下ろしたときに受話器から亮平の制止の声が聞こえたが、郡司は無視した。再び、亮平から電話が掛かることはなかった。
 二階の自室に戻った郡司は、手持ち無沙汰のまま窓枠に腰掛ける。抜けるような青空を眺める郡司の側で、レースのカーテンが風に煽られている。その端で見え隠れする、棚の上で伏せられたフォトフレームを倒したのはいつの頃だったか。捨てる事も見る事もできないそれは、ずっと伏せられたままだろう。この中途半端な自分の気持ちのままに……。

 まだ夏が訪れる前のこと。梅雨の季節に差し掛かろうという頃だった。
「ねぇ、今度の土日、遊びに行かない?」
 部活が終わった帰り道にマネージャーの羽田雅が話を切り出した。一緒に居て気が置けない相手である雅とは、いつの間にか付き合っているという認識を周りから受けていた。告白した記憶はない。友達以上恋人未満。郡司の中で雅はそう位置付けられている。
「土日も部活だろうが」
「いいじゃない。郡司はインハイ出場最有力選手なんだから。息抜き、息抜き」
 呆れてものも言えない。いくらインターハイ出場を有力視されていようとも、ちょっとした油断で出場権を失う可能性は大いに秘めている。
「郡司の言いたいことはわかるよ。でも…ね……」
 と、雅は言葉を切った。アスファルトに視線を落として塞ぐ雅を見て、郡司は嘆息する。
「わかったよ。土日休んでやる」
 弾かれたように郡司の方を向いた雅の表情は驚きに目を見開いている。郡司は小さくはにかんだ。
「何て顔してるんだ? お前が言い出したんだろうが」
「本当に、良いの?」
 念を押すように訊ねる雅に、郡司は少しばかり眉根を寄せる。
「良いっていったら、良いんだよ」
 少し怒気を孕んだ声音。郡司はそっぽを向いた。雅にはわかっている。それが、照れ隠しなのだと言うことを。
「――ありがとう」
 はにかんだ笑顔を浮かべた雅は思う。
 もう大丈夫。恐れるものは、何もない。

 

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