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妖食フルコース デジュネ <アミューズ>

   

「おまえさん、ウチで何日、タダメシ食ってると思ってるんだ」
「タダメシ食いはひどいなぁ。一応の対価は払ってきたじゃない。文字通り、毎日あれこれ切り売りしてさ」

妖食フルコース デジュネ
 ~第2章:アミューズ~

Illustration:Dite

 

◆アミューズ◆
《トースト・ア・ラ・モワル》
 ~スライスしたバゲットに脛髄をのせて~

 パンのない一日は長い (スペインの諺)

「いやぁ、光栄だなぁ」
 調理台やシンクはもちろん、床や棚の隅々まで良く片付いている厨房内を見回して、僕は感嘆の声を上げた。予想に反して超がつくほど「普通」だったのが、意外と言えば意外だったけど……地下がああいうことになっているなら、まあ、納得かな。
「ほんとに光栄だよ、感動してる」
「そうかい」
「だってほら、今まで何度も頼んできたのに、角野さんのとこってずっと取材拒否だったわけじゃない? すみれさんのマスコミ嫌いなんかもあってさ。それがまさか、こんなふうに厨房見学をさせてもらえるなんて、思わなかったからねぇ」
 お世辞どころか、心からの感慨を込めて言うと、染みひとつない純白のコックコートに身を包んだ角野さんが、肩を揺らしておかしそうに笑った。なかなか立派な経歴から言って、少なくとも僕と同年代だと思うんだけど、割に無邪気というか子供っぽいところがあるせいか、まだ30代に見えるのがちょっと羨ましかった。
「やだな、お世辞じゃないよ。記念に何かひとつ、味見させてもらいたいなっていう下心はあるけど」
「そりゃそうだろうな。おまえさんは、ウチの上客だったからな」
「最初の頃なんか、もう一種の禁断症状だったもんね。良く通ったなぁ、週に2日はここで食べていた気がする。それがまた、どれもこれも美味しくってさぁ」
 いくら「ソワニエ」と言っても、ダイニングやウェイティング・フロアで相手をしてくれるのは大抵がすみれさんだったから、角野さんとこんなに打ち解けて話すのは初めてだった。この1ヶ月間も、ゲストルームに居候させてもらっていた僕の世話をしてくれたのは、主にすみれさんだったのだ。前々から角野さんとゆっくり話したいと思っていたせいか、気がつくと、僕は特に美味しかった料理を思い出せる端から並べていた。
「やれやれ、おまえさんの記憶力には脱帽だ。エマンセ・トゥーリングなんての、いつ作ったか覚えてねェよ」
「たしか、僕がここに通い始めた頃だったと思う。ディナーじゃなくてランチだったかな、腿肉のいいところだったよ。僕の記憶力は食べ物限定だけど、そのかわり正確なんだからね」
「わかった、わかった」
 角野さんは業務用の大型冷蔵庫を開けて中身を確認すると、僕を見てニヤリと笑った。
「そこまで言われちゃ、こっちもサービスするしかねェな。今日のデジュネ、オレのオゴリだ」
「えっ、フルで?」
「ビヤン・シュール」
 答えながら、角野さんが冷蔵庫に貼ってあったメモ用紙を取り、何かをちょこちょこと書き加える。僕の分の急な追加で、メニュー構成が少し変わるのだろう。
 だって、今日のスペシャル・ランチコースを「最後まで」御馳走してくれるってことは……ね。なんだかんだ言ってサービス精神の旺盛な角野さんのことだから、まさか見るだけなんていう意地悪はしないだろうし。しない、よね?
「悪いなぁ、手間をかけさせちゃって」
「良く言うぜ。悪ぃなんて、これっぽっちも思ってねェくせに」
「ハハハ、ごめん、ごめん。ありがたく御馳走になるよ」
 百合子さんほどじゃないけれど、僕もこの店にはかなりの金額を落としてきた。もちろん、それに値する素晴らしいものを食べさせてもらったけど、この店は料理も酒も、エスプレッソ1杯ですらもかなり高い。なんせ、ディナーの席料だけでも万単位なのだ。

 

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