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ラブストーリー

Home made 恋レシピ 3

   

男に言われ、こちらでの就職を考えてはいるのだが、過去の経験が気持ちを前に進ませてくれない。
それを知ってか知らずか、男は杏樹に言葉をかける。だが、男の話を聞いているうちに、気が付けばその不安が消えていくのが分かった。
そんな時、口の中に入れられた物。
しーちゃん特製『甘リンゴ』。その味に、思わず笑顔になった。

 

全て配達を終えると、ちょうど男も戻って来て、「終わりました」と頭を下げた。
「おー助かったわー。さんきゅーな」
「いえ、楽しかったです。有難う御座いました!」
 笑顔満面でそう言った杏樹に、男は顔を緩めて、内ポケットから煙草を取り出して一本銜えた。
「そういや、仕事は? こっちで見つけたのか?」
「あ……、いえ、今日来たばかりで……」
 ふと、現実に戻された杏樹は、表情を曇らせた。
 働かなければ食べていけないことは分かっているのだが、辞めてきた会社の事を思えば、人との付き合いが少しばかり怖くなっていた。
 どんな会社でも多少はある、人間関係のもつれというものに巻き込まれることに怯えていた。自分が原因でもつれるのなら、どうにでも気持ちの切り換えができたのだろうが、杏樹は巻き込まれるパターンが多かった。
 なんの関係もないはずの自分が、いつの間にか悪い立場に追いやられている、そんな経験を多くし過ぎたのだ。
 だからといって、もう七十後半にもなっている祖母に面倒をみてもらうのも情けない。働かなければという気持ちは十分にあるのだが、今は踏み出す勇気がなかった。
「仕事はサッサと就いた方がいい。人間、楽を経験すると、楽な方楽な方に流れていくからな」
「……はい」
 確かに、そう思って頷く。
(そうだよ、前と同じ人がいるわけじゃないし、次の職場は全く違う人がいるんだから……)
 前と同じ経験をすることはないと信じているが、男の言葉に頷いたものの顔が強張った。

 

-ラブストーリー


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