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妖食フルコース デジュネ <ポタージュ>

   

「ねえ、百合子さん」
「はい?」
「このあいだ百合子さんに言ったこと……あれ、冗談なんかじゃないからね」

妖食フルコース デジュネ
 ~第4章:ポタージュ~

Illustration:Dite

 

◆ポタージュ◆
《ソワール・ド・パリ》
 ~コンソメ・ジュレにヴィシソワーズを重ねて~

 食べ物を愛するよりも、
 誠実な愛はあるまい。 (バーナード・ショウ)

 繭ちゃんの極上チーズケーキ、角野さん、実は生地の味見をしただけで、まだひとかけらも食べていなかったそうで。「ひとりメシはつまらない」ということで、よもやま話をしながら味わううちに、結局、残っていた半ホールを2人で平らげてしまった。
 最初はプレーンで、次は清見オレンジのマーマレードをレモンとコアントローでのばした、シンプルなソースを添えて。
 仕込みで忙しいのに、角野さんには余計な手間を掛けさせちゃって悪かったんだけど、やっぱり朝イチの甘いモノって脳に来る。単なる目覚ましならコーヒーでもいいかもしれないけど、意識の覚醒を促すなら、糖分が不可欠だと思う。
 まさに「おめざ」だよね。
 人間の活動意欲の根源たる「食欲」が、甘味によってガツンと目覚める感じがいい。まあ、この歳になって「おめざ」も何もないと思うんだけど。それ以前に「おめざ」って、実のところ、朝の起床時に食べるお菓子のことじゃないんだけど。たしかもともとの意味は、昼寝から起きた子供に与える、軽いおやつのことじゃなかったかな。
「すみれ、テーブルの花は――あら」
 厨房の出入口のほうから、ふいに我が「白百合の君」の声がして、僕は顔の熱が1℃ほど上昇するのを感じた。気のせいかもしれないけど、本当に、顔全体がかっと熱くなったように感じる。
 やがて、上品な白スーツをまとった百合子さんが厨房に現れた。いつにも増して美しく見えるのは、その両腕に、色とりどりの薔薇をこぼれるほどに抱いているからだろうか。
「宮田さん」
「えーと、その」
 こんな目立つ場所に陣取っておいて、彼女の目に止まらないわけがない。どう挨拶したら良いものか、まさか彼女がこんな朝早くに厨房に顔を出すとは思わなかったから、僕は困惑と焦りのあまり、口ごもるばかりだった。
 百合子さんはすみれさんの無二の親友で、この店をオープンさせるときも全面的に手伝ったらしいから、こうして厨房に出入りしていても不思議じゃない。でも、僕らが顔を会わせるのはいつだってダイニングやウェイティングのほうだったから、こんなふうに厨房の調理台を挟んで会うことがあるなんて、思いもしなくて。
 いくら考えても気の利いた挨拶が出てこなくて、さんざん迷った挙句、僕は当たり障りのないことを口にした。
「おはよう、百合子さん。素敵な朝だね」
「ええ、本当に。初夏の朝風に、一番咲きの薔薇が揺れていたわ」
 百合子さんはあでやかに微笑むと、腕いっぱいに抱えていた薔薇のなかから、ひときわ美しい白薔薇を1本、僕に差し出した。
 それはまるで、美の女神の祝福のようで。
 僕は、僕の相棒だった右手で、恭しくそれを受け取った。
「すみれったら、3週間もかけて、前庭と中庭を大改修したのよ。アプローチは薔薇のアーチで、生垣も薔薇。まるでどこかのローズガーデンだわ。あとで御覧になる?」
「うーん、僕、食べられないものにはあんまり興味がなくて。薔薇ジャムになって出てきたら、頂こうかな」
「宮田さんったら」
 百合子さんは朗らかに笑うと、切り取ってきたばかりの薔薇を調理台の上に置き、勝手知ったるスタッフルームから擦りガラスの花瓶をふたつ抱えて戻ってきた。これだけの立派な薔薇が咲き乱れているのなら、さぞかし立派な庭に生まれ変わったのだろう。
 このレストランは、とある高級住宅街の一画にある。
 邸宅レストランと隠れ家レストランを、足して二で割ったような店だと言えばいいだろうか。洋館風の建物は一階が店舗で、二階が角野さんたちの居住空間、地下には用途別の食糧庫やワインカーブなどがズラリと揃っている。自慢は広々とした庭園で、このあたりの物件敷地で換算して、ざっと6件分の広さがあった。

 

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