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妖食フルコース デジュネ <グラニテ>

   

「見たかよ、オレの早技」
「ごめん。そのスプーンがまぶしくて、目を閉じちゃった」
「なんだよ、張り合いねェな」

妖食フルコース デジュネ
 ~第6章:グラニテ~

Illustration:Dite

 

◆グラニテ◆
《ソルベ・オ・オランジュ》
 ~清見オレンジのシャーベット~

 味は法律によって律せられない。 (トマス・ジェファーソン)

 厨房に、野菜を刻むリズミカルな音が響く。
 無駄のない動きで黙々と仕込みを続ける角野さんが、ふと手にしたものを見て、僕はちょっぴり懐かしい気分になった。
 エッジがのこぎり状になった、グレープフルーツスプーン。
 二つ割りにしたグレープフルーツに砂糖をたっぷりかけて食べるなんて、僕くらいの世代じゃないと、わからないだろうな。近年はどんな果物も、野菜でさえも糖度が高くて、たまに昔の味が恋しくなることがある。
「そういうスプーンのこと、むかし『ぎざきざスプーン』って言わなかった?」
「今でも普通に言うぜ、ぎざスプーンってな。まあ、ダイニングで使うことは滅多にねェけどな」
 手にしたグレープフルーツスプーンを、手品師みたいにクルリと回して、角野さんが調理台の引き出しから片目だけのマスクを取り出す。初めて見たときは、一体なんの冗談かとびっくりしたけど、なんでも最後の師匠からもらった、思い出の品なのだという。
 このマスクをつけると、肉でもなんでも素早く正確に捌けるとか言っていたけど、単なるカッコ付けだろう。角野さんって、案外、お茶目なところがあるから。
「誰に出すの?」
「アントレのテリーヌに、ひとつ仕込んでやろうと思ってな。誰に当たるかは、運次第ってとこだ」
「当たってラッキーなんだか、アンラッキーなんだか」
「そりゃ、ラッキーだろうよ。フェーヴみたいなもんだ」
「まあ、栄養バランスはいいらしいけどね」
「んじゃ、育ち盛りに食わしてやるさ」
 肩をすくめたいような気分で、角野さんの短い質問に答える。
 どっちがいいかなんてわからなかったから、ちょっと投げやりに「どっちでも同じなんじゃないの?」と言っておいた。すると角野さんは、マスクに隠れていない左目だけで小さく笑って、グレープフルーツスプーンをもう一度くるりと回した。
「う、わ!」
 次の瞬間、僕の目の前で、まるで青魚のウロコのような、冷たい銀色がひらめいた。リュリュッという奇妙な音が耳に響いた瞬間、僕はなぜか、バターとガーリックとセルフィーユの香りが鼻孔をくすぐる、エスカルゴのオーブン焼きを思い出した。
「見たかよ、オレの早技」
「えっ、ごめん。そのスプーンがまぶしくて、目を閉じちゃった」
「なんだよ、張り合いねェな」
「あのねえ。そりゃ僕は角野さんの大ファンだけど、そんな一挙手一投足を全部っていうわけには……必見の大技なら、ちゃんと最初にそう言ってくれないと」
 角野さんのスゴ技なら、ゲストルームでさんざん、それこそ飽きるほど見せてもらっている。今さらひとつくらい見逃しても、特に惜しいとは思わなかった。
「…………あーあ。美味しいエスカルゴが食べたいな」
「なんでそう来る」
「うーん、なんでだろ。今の動作が、なんとなく似ていたからじゃないかな。あっちはスプーンじゃなくて、ピックだけど」
 僕の食べ物談議には付き合っていられないのか、角野さんが呆れたように肩をすくめて、グレープフルーツスプーンでえぐり取ったものを小皿にのせながら調理台の前へ戻る。話し相手は仕事モードに突入、こっちはそれを眺める以外にすることもなくて、僕は厨房の出入口に目をやった。
「そういえば、繭ちゃんは?」
「さっき裏庭に出てったから、菜園の手入れだな。ブルーベリーの苗木だのなんだの、無農薬で育ててデセールに使うんだとよ」

 

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