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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース デジュネ <アヴァンデセール>

   

「あの男の子、高橋さまの御親戚なんですか?」
「おう、孫なんだってよ」
「わあ、お孫さんだったんですか。かわいい男の子ですね」

妖食フルコース デジュネ
 ~第8章:アヴァン・デセール~

Illustration:Dite

 

◆アヴァン・デセール◆
《グラース・キャラメル》
 ~キャラメルのアイスクリーム、アーモンドチュイル添え~

 パンのあるところにはネズミ、
 女のいるところには悪魔   (フランスの諺)

「おばさま、いえ、マダム」
 仕事のときは、すみれさんを「マダム」、角野さんを「シェフ」と呼んでいるらしい繭ちゃんが、慌てた様子で厨房に掛け込んでくる。角野さんも仕事の手を止めたのだろう、さっきまで厨房を満たしていた、ボウルと泡立て器の触れあう音が途切れた。
「あの、わたしの左目、どこかおかしくないでしょうか。ちょっとかゆいというか……痛いんです」
「あら、大変、かぶれているわ」
「なんだ、どうした、虫刺されか? おい、こら、触るな」
 すみれさんが僕に軽く会釈をして、繭ちゃんのそばに飛んでいく。僕は精一杯に首を伸ばして、個室の扉の影から、繭ちゃんの顔を見てみた。庭仕事をしているときに虫にでも刺されたのか、たしかに赤く腫れ上がっているようだった。
「皆さまをお席に御案内して、レモン水のサーブを終えたら、急にヒリヒリしてきて……かぶれているんですか? ひどいですか? どうしよう、ダイニングのお仕事が始まったばかりなのに」
「繭ちゃんは敏感肌ですものね。もしかしたら、新しいマスカラとアイライナーが良くなかったのかもしれないわ。百合子さんから頂いた新製品、わたしは何ともないのだけれど」
「わたしも、右目は平気です」
「いま、お薬を塗ってあげるから待っていらっしゃい」
 すみれさんは繭ちゃんの頭を軽く撫でると、スタッフルームから西洋版の百味箱とも言うべき、大きな薬箱を持ってきた。碁盤の目のように並ぶ大小の引き出しには、きっと、いろいろな薬が入っているのだろう。そのほかに、いかにもセレブな奥さまらしい上品なポーチも持って来て、使い捨てのウェットティッシュのようなものを取り出した。
「左目のアイメイクは、もう落としてしまいましょうね。さあ、目を閉じて……いいお薬だから、すぐに痛みが引くはずよ」
「はい」
 すみれさんが、繭ちゃんの左目の化粧を、ウェットティッシュで丁寧に拭き取る。化粧が取れると、遠目から見ても、かなり腫れているのがわかる。まぶた全体が醜く腫れただれて、言葉は悪いけど、有名な怪談に出てくる哀れな女幽霊のようだった。
「繭、今日は仕事が終わったら、夜更かししねェで早く寝ろよ」
「はい、おじさま」
 まぶたを伏せたまま返事をする繭ちゃんの左目に、すみれさんが薬箱から取り出した赤い軟膏をたっぷり塗りつけて、小さく畳んだガーゼをあてる。そして、何かを思いついたような顔になって、自分の衿もとを飾っていた黒シルクのスカーフを外し、眼帯代わりに巻きつけた。
「これでどうかしら。まるで何かの扮装のようだけれど」
 すみれさんが苦笑する通り、黒服にタブリエというギャルソンの衣装に黒シルクのスカーフ眼帯がマッチしすぎて、どこかコスプレじみた出来栄えになっている。でもたしかに、これはこれでかわいかった。
「遊びすぎだろ。まあ、顔馴染みの常連だけだからいいけどな」
「右目だったら、おじさまのマスクをお借りしたんですけど」
 軽口とも取れる繭ちゃんの言葉に、角野さんたちが笑い出す。
 それが治まると、すみれさんが少々寂しくなった胸元に五分咲きの薔薇で彩りを添え、角野さんが小さいほうの冷蔵庫から角型を取り出し、テリーヌの出来映えを確かめた。

 

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