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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース デジュネ <スーヴニール>

   

「美味しかったよ、角野さん。まさに脂肪肝!って感じで」
「そうかい」
「フォワグラって、要するに美食の基本じゃない? 締めくくりがこれで良かった」

妖食フルコース デジュネ
 ~第10章:スーヴニール~

Illustration:Dite

 

◆スーヴニール◆
《セップ茸と新タマネギのケークサレ》
 ~プーラードの赤ワイン煮込みを添えて~

 食べて、飲め。
 明日には死ぬかもしれぬ。(ダンテ・ガブリエル・ロゼッティ)

 半狂乱の佐久間くんを頼りになる旦那サマに預け、お疲れ気味の顔で厨房に戻ってきたすみれさんは、繭ちゃんに忙しなく指示を出しはじめた。繭ちゃんはもちろん、すみれさんも包丁を持てるひとだから、角野さんが戻るまでの代役を務めるつもりらしい。
 仕事前に角野さんからルセットを手渡されていたから、たぶん、普段もこうなのだろう。そんななか、左目のかぶれを隠すためにスカーフを巻きつけている繭ちゃんが、準備の整ったアントレの皿を取り損ねるのを見て、すみれさんが「遠近感がないせいね」と優しく手を添えた。
「気をつけて。サーブはゆっくりとね」
「はい、おばさま」
 闖入者のせいでダイニングもキッチンも予定より遅れているのか、繭ちゃんもテキパキと仕事をこなしていく。デッキオーブンに火を入れながら、すみれさんは僕にサーブの遅れを詫びた。
「いいよ、いいよ。今日はいろいろあって、大変だね」
「本当に。お騒がせしまして、皆さまには申し訳ありませんわ」
「それにしても佐久間くん、自力でここを探し出すなんて、すごい根性だよねぇ。この店までの道順、一回じゃとても覚えられないはずなのに」
「あら」
 すみれさんが僕を見て、ふふっと笑う。
 かくいう僕も、一回で道順を覚えたクチだった。
「つまり、ここの料理が、よっぽど美味しかったってことだよね」
「光栄ですわ」
「たまにいるの? ああいう客」
「不定休ですし、御予約を頂くのが基本ですから、滅多には。出し惜しみをしているわけではないのですけれど、スペシャリテは限られたお客さまにしか」
 すみれさんの言葉が、厨房に近づいてくる気配で途切れる。
 個室のドアの隙間からさりげなく覗いてみたら、繭ちゃんが黒スカーフの上から左目を押さえていた。さっき塗った赤い軟膏が流れてきたのか、まるで血の涙を流しているようだった。
「おばさま、やっぱりだめです。ちょっと変です」
「痛むのね? ああ、待って、さわってはだめよ」
「どうしましょう。お薬が染みて、涙が止まらなくて」
「心配しないで、最初はそうなの。すぐに良くなるわ」
 汚れたスカーフを外し、左目の違和感を訴える繭ちゃんを見て、僕はちょっと驚いた。いまが一番悪いときなのか、さっきよりひどい状態になっている。化粧品がちょっと合わなかったくらいでこんなになるものなのか、腫れただれた部分がふたまわりも大きくなって、まるで腐った卵をくっつけているようだった。敏感肌って大変だなぁ、なんてのんきに思っていると、ダイニングから突然、恐ろしいほどの悲鳴が聞こえてきた。
 続けて悲鳴がもうひとつ、3度目はまるで合唱のように。
 子供たちが何か「おいた」でもしたのか、テーブルから食器類が落ちる音に混じって、百合子さんたちの、叱るような、たしなめるような声まで聞こえてくる。そこに誰かが逃げ惑うような足音が重なるわ、悲鳴はますます大きくなるわで、ダイニングはえらい騒ぎになっているようだった。
 うーん。
 この店は「違いのわかる大人のためのレストラン」なんだから、小学生以下のお子さまには、やっぱりちょっと御遠慮願ったほうがいいのかもしれない。
「おばさま、お客さまが」

 

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